なく繊維もないのに、気孔に幾億万の緑素があって、かくは青いのかと、足を入れながら底を見る、水に沈めるは、白い石も青く、水面より露われたるは、黒胡麻の花崗石《みかげいし》も銷磨《しょうま》して、白堊《はくあ》のように平ったく晒《さら》されている、しぶきのかかるところ、洗われない物もなく、水の音は空気に激震を起して崖に反響し、森を揺すっている、その光波の振動が烈しく眼を掠《かす》めるので、あまり見惚《みと》れると、眩暈《めまい》がして後髪を引き倒されそうになる、それよりも堪《たま》らないのは、水が冷たくて足が焼き切れるかとおもわれることで、足が呼吸を止められて喘《あえ》ぐのが透いて見える。
 ようやく川を渉る、足袋底がこそばゆいから、草鞋を釈《ほど》いて足袋を振うと、粗製のザラメ砂糖のような花崗の砂が、雫と共に堕ちる。
 このような川渉りを、幾回もさせられるのである。

     三

 穂高山の前面に来る。
 河原を切れて処女の森の一つに入る、白檜の森は、水のような虚空を突き、空のような水の面を伺い、等深線の如く横さに走っている、森の中の瀝青《チャン》のような、玄《くろ》ずんだ水溜りは、
前へ 次へ
全26ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング