観念になってしまった。といって、君に対して甚《はなは》だ失礼な言葉ではあるが、君とはちがって雪江さん以外に、何人にも恋を感じなかった僕が、今更《いまさら》、誰に真実の恋を感ずることが出来よう。実際、僕は、真実の恋を雪江さん以外の人には感じ得ないのだ。して見れば、到底恋愛曲線は得られない訳だ。と思っても、やはり一旦強迫観念となったものは容易に去らない。で、致し方がないから、失恋を転じて恋愛となすべき方法はないものかと、僕は頻《しき》りに考《かんがえ》をめぐらしたよ。そうして、考えて、考えて、僕は一時発狂するかと思うほど考えたのである。
 ところが、はからずも、先日、ある人から、君と雪江さんとが、愈《いよい》よ結婚するという通知を受取ったのである。すると、恰《あたか》も焼け杭《ぐい》に火のついたように、失恋の悲しみは、僕の体内で猛然として燃え出した。いわば、僕は失恋の絶頂に達したのである。と、その時、僕はこの絶頂に達した失恋をそのまま応用して、恋愛曲線を書くことが出来るという信念を得たのである。
 君は数学で、マイナスとマイナスとを乗ずるとプラスになるということを習ったであろう。僕はこの原
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