僕がその心臓を貰ったのだ。
いま迄、兎や犬や羊の心臓を切り出すことに馴れて居た僕も、たとい死体であるとはいえ、その女の蝋のように冷たく且《かつ》白い皮膚に手を触れてメスをあてた時は、一種異様の戦慄が、指先の神経から全身の神経に伝播《でんぱん》した。然し、薄い脂肪の層、いやに紅い筋肉層、肋骨と、順次に切り進んで胸廓《きょうかく》を開き、心嚢《しんのう》を破って心臓を出した時分には、僕はやはりいつもの冷静に立ち帰って居た。もとより彼女の心臓にひゞ[#「ひゞ」に傍点]は入って居なかったけれども、心臓は著しく痩せて居た。これ迄、動物の生きた心臓のみを目撃して来た僕にとっては、はじめ、心臓らしい気さえ起らなかった。死後十五時間を経て居たが、異様にひやり[#「ひやり」に傍点]としたので、僕は切り出した心臓を手につかんだまゝ暫らくぼんやりした。はっ[#「はっ」に傍点]と我に返って、暖かいロック氏液の中へ入れてよく洗い、次で箱の中へ装置して、ロック氏液を流すと、はじめ心臓は宛《あたか》も眠って居るかのようであったが、暫くしてぱくり/\と動き出し、間もなく、威勢よく搏ち出した。予期したことではあるが、
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