る。一番よいのは、ロック氏液の代りに血液を通過せしめることであるが、通常の実験にはロック氏液だけで十分だ。なお心臓を自由に活動せしめるには酸素を必要とするから、通常ロック氏液に酸素を含ませて通過せしめるのだ。
心臓を働かせる箱の中の空気の温度も、やはり摂氏三十七度内外にしてある。そうしてロック氏液は箱の上から流すようになって居り、心臓を通過した液は箱の下へ落ち去るようになって居る。箱の中で、心臓だけが働いて居る光景は、到底君には想像も及ばぬ程、厳粛な感じを与えるものだ。切出された心臓は立派な一個の生物だ。薔薇のような紅い地色に黄の小菊の花弁を散らしたような肉体を持つ魔性の生物は、渚に泳ぎ寄る水母《くらげ》のように、収縮と拡張の二運動を律動的に繰返すのだ。又、じっとその運動を眺めて居ると、心臓は恰《あたか》も自分の自由意志をもって動いて居るかのように思われる。ある時はその心臓に小さな目鼻が出来て、母体から切り離されたことを恨んで居るかのように見え、ある時は又浮世の空気に触れたことを喜ぶかのように見え、更にある時は、心臓だけを切り出して生物本来の心臓機能を研究しようとする科学者の愚を笑っ
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