観念になってしまった。といって、君に対して甚《はなは》だ失礼な言葉ではあるが、君とはちがって雪江さん以外に、何人にも恋を感じなかった僕が、今更《いまさら》、誰に真実の恋を感ずることが出来よう。実際、僕は、真実の恋を雪江さん以外の人には感じ得ないのだ。して見れば、到底恋愛曲線は得られない訳だ。と思っても、やはり一旦強迫観念となったものは容易に去らない。で、致し方がないから、失恋を転じて恋愛となすべき方法はないものかと、僕は頻《しき》りに考《かんがえ》をめぐらしたよ。そうして、考えて、考えて、僕は一時発狂するかと思うほど考えたのである。
ところが、はからずも、先日、ある人から、君と雪江さんとが、愈《いよい》よ結婚するという通知を受取ったのである。すると、恰《あたか》も焼け杭《ぐい》に火のついたように、失恋の悲しみは、僕の体内で猛然として燃え出した。いわば、僕は失恋の絶頂に達したのである。と、その時、僕はこの絶頂に達した失恋をそのまま応用して、恋愛曲線を書くことが出来るという信念を得たのである。
君は数学で、マイナスとマイナスとを乗ずるとプラスになるということを習ったであろう。僕はこの原理を応用して、失恋を恋愛に変えようと思ったのだ。即ち、失恋の絶頂に達した僕の血液を、失恋の絶頂に達した女の心臓に通過せしめたならば、その時に描いた曲線こそは、恋愛の極致をあらわすものだと僕は考えたのだ。こういうと君は、失恋の絶頂に達した女を何処《どこ》から連れて来るかと訊ねるであろう。然し、その心配は無用である。何となれば、僕が以上の如き原理を考え出したのも、実は失恋の絶頂に達した女を見つけたが為であって、その女こそは、外ならぬ、君と雪江さんとの結婚を知らせて来た手紙の主なのである。
君は定めし思い当ることがあるであろう。その手紙の主こそ、君の結婚によって、失恋の極致に達したのだ。君は多くの女を愛したことがあるから、女の気持も多少わかって居るだろうが、その女も僕が雪江さん一人を思って居るように、一人の男にしか真実の恋を感じないので、君たちの結婚によって失恋の絶頂に達したのだ。同じく君たちの結婚によって失恋を感じた僕とその女とが一つの曲線を作り上げたら、それこそ、前に述べた原理によって、まさしく恋愛曲線ではなかろうか。而《しか》も、その女は絶望のあまり死のうとして居るのだ。君よ、死にま
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