ば、どんなにつらいことであろう。と、そんなことを考えて、まんじりともせず、はては涙までこぼして、あなたに気附かれてしまいました。あなたは、しきりに私に向って、何故泣くのかと御たずねになりましたが、あの際どうして本当のことが申し上げられましょう。その上私は、あなたの接吻をさえ拒みましたので、あなたはついに御怒りで御座いましたが、私はもう、まるで夢中で御座いました。仮りに若し、あなたが私と同じ網膜炎であらせられて、私がそれを気附かず、結婚の当夜に、その真相を御告げになったとしたならば、恐らく私は気狂いにでもなるか、さもなくば悲しみと怒りのあまり、あなたを……いえ、どんなことを仕出かしたかもわかりません。それを思って私は、どうしても打明けかねたので御座います。然し私は、自分で打明けなくっても、今にあなたは、私の秘密を発見されはしないかと思って、びくびくしながら、時々涙を拭って見えぬ方の眼を隠すようにして居《お》りましたが、どうした訳か、あなたは眼鏡をさえ御とりにならず、また私の顔を正視なさることもありませんでしたから、私はほっ[#「ほっ」に傍点]としたので御座います。
 かような、いわば薄氷を踏むような一夜が明けるなり、私は逃げるようにして実家に戻りました。両親は驚いて、頻《しきり》に私を責め、一刻も早く帰るようにすすめましたが、私の決心は確乎として動きませんので、とうとう降参してしまい、私の自由に任せてくれました。そうしてやっと心の落ついた今、この手紙を書くので御座います。この手紙を御読み下さったあなたは、始めて、あの夜私があなたを怒らしめた理由を御知り下さって、私の心に同情して下さることと存じます。無論、私があなたを欺《あざむ》いたことには御腹も立ちましょうが、一面から申しますれば、あなたを欺きとおして不幸に陥れなかった私の心には、むしろ感謝して下さるだろうとも思います。すべてはあなたを慕うのあまり、あなたの幸福を思って執った私の態度で御座いますもの、若しあなたが私を愛して下さるならば、きっと御許し下さるだろうと思います。
 然しながら、こうして一旦秘密を打明けました上は、もはやあなたの御手許へは帰れなくなりました。たとい私がどんなに御慕い申し上げ、又あなたが私のすべてを御許し下さっても、不具者《かたわもの》として御そばで一生を送ることは、私の堪えられぬところで御座い
前へ 次へ
全8ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング