いう意志でありましても、私さえ勇敢に打ちあけて居《お》りましたら、こうした遣瀬《やるせ》ない悲哀に沈まないでよかったものをと、かえすがえすも私の弱い心を恨まずに居《お》られません。その私の弱い心が、あなたにまで深い禍《わざわい》を及ぼすに至ったかと思うと、まことに穴があったら、はいりたい心地が致します。両親を恨むのは勿体《もったい》ないことで御座いますが、両親から一切を秘密にせよと勧められて、ついつい気遅れのしたのも事実で御座います。然し、又とない良縁を喜ぶのあまり、秘密にすることを強《し》いた両親の心にも私は同情しないでは居《お》られません。まったく私の秘密は私が若《も》し大胆に振舞いさえしたならば恐らく当分の間は発見されずに過すことが出来たであろうと思います。そうしてそのうちに私たちの間に、愛らしい子供が出来ましたならば、たといその秘密が暴露されても、必ず、あなたは私をお許し下さるだろうと思います。実際、そう考えたればこそ、心の中では済まぬ済まぬと思いながら、つい見合いまですましてしまい、それから話が急に進んで、忙《せわ》しい結婚準備に追われ、そのまま引き摺《ず》られるようにして、とうとう式まですましたので御座います。
このように申し上げても、恐らく、あなたは、私の秘密が何であるかを御察し出来ないだろうと思います。或は結婚前に私が他の男と関係したのではないかというような想像をなさいますかも知れませんけれども、私の秘密は、まったく、それとは性質を異にして居るので御座います。それは……ああ、こうしていざ打明けようと決心してさえ、なおも筆が進みかねるので御座いますが、思い切って申します……実は私は右の眼の明《めい》を失った、不具者《かたわもの》なので御座います。と、申し上げましたら、どれ程驚きになることか、又、どれほどお怒りになることか。然し、どうかこの手紙をしまいまで御読みになって下さいませ。不具者ではありますけれど、生れつき、不具《かたわ》ではなく、一昨年の冬、突然網膜炎に罹って、明を失したので御座います。然し、網膜炎のことで御座いますから、外部から見ては健康な眼と少しもちがい無いので御座います。ですから、御仲人様は勿論《もちろん》、見合を致しました時に、あなたにも気附かれずに済んだので御座います。ああ、あの見合の時の恐しさ、裁判官の前へ出た罪人の心もこれ程では
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