くどうろう》が出来たのだ。食道の孔《あな》が、腹の表面と交通し、食物を口から取っても、腹の表面へ出て、口は用をなさなくなったのだ。だから、今まで僕は滋養|灌腸《かんちょう》で生きて来たのだ。君が今のませた丸薬と水は、腹にあててある繃帯が吸い取ってしまったのだよ。君、僕は君の心を卑怯だと誤解したために、このことをいわずに居たのだ。堪忍してくれ、君が死んでは、折角の僕の死期が失われてしまう。君。毒のまわらぬ先に早く僕の咽喉をしめて殺してくれ。おい君!」
 立って居た男は、その時どたりと床の上にたおれた。そうして、苦しそうにうめきながら、手にした小壜をながめて、何かいおうとしても、言葉が咽喉につかえて出ないらしかった。病人は、必死の努力をもって、頭をもたげてその様子をながめたが、やがて、頭を振向けて、床頭台の方を見るなり、恐ろしい声で叫んだ。
「やッ、君、君は、毒薬を間違えたなッ! 壜の栓でわかった。ああ二人がのんだのは、僕の枕の下にあったアコニチンだった! するとやっぱり……ああもう死んでしまったか。卑怯な男はとうとう死んでしまったのか。だが俺は、俺はどうしたらよいのか、俺はやっぱりいつまでも死なれないのか……」



底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
   2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「サンデー毎日特別号」
   1927(昭和2)年1月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年4月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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