ら、医員は、皮肉にも毒薬を調合して、僕の枕の下へ入れてくれたよ。せめて、毒が傍にあったら自殺慾が満足するだろうといってね。君一寸手を貸して、枕の下から瓶を出してくれ。有難う。見給え、偶然にも君の瓶と同じものだ。又偶然にも同じ大きさの白い丸薬が二つはいって居る。けれども、それはストリヒニンではなくそれよりも遥かに強いアコニチンという猛毒がはいって居るそうだ。けれども、君、枕の下にあるその毒薬さえ、僕は何ともすることが出来ないのだ。君、両脚と両腕と片頬のない生活を想像して見たことがあるかね。それでも君は生甲斐があると思うか。ないよ。だから僕は、君が殺しに来てくれたことを恐ろしいと思うよりもむしろ嬉しく思うのだ。僕が殺そうとした君に殺されるのは、まったく、この上もない幸福だ」
病人は言葉をきって相手を見つめた。立って居る男は固く口を噤《つぐ》んで、化石したように動かなかった。「だが」と病人は言葉をつづけた。「君の先刻《さっき》の話をきいて、たった一つ恐ろしいと思ったことがあるよ。それは、君が自分だけストリヒニンに堪える身体を作ったことだ。その君の心が僕には死よりも恐ろしいよ。
君は、僕がなぜ君を毒殺しようとしたか、その原因をよく知って居るだろう。君は僕の許婚《いいなずけ》の女を僕の手から奪って、僕を不幸のどん底におとしいれた。けれど、僕はただそれだけでは君を殺そうとは思わなかった。然るに君は彼女と結婚して間もなく、彼女が肺病に罹《かか》ると、恰《あだか》も紙屑を捨るように彼女を捨てしまい、彼女を悶死させたのだ。僕は君のその心がいかにも憎くてならなかったのだ。だから僕は君を毒殺して、自分も死のうと決心したのだ。本来、毒殺は女々《めめ》しい男のすることだが、君のような卑怯な男を殺すには、磨ぎすました短刀や男性的の武器たるピストルを用いるのは勿体ないと思ったのだ。
まあ、君怒るな。現に君は女々しくも僕を毒殺しようとしているではないか。なぜ男らしく、短刀かピストルで僕を殺さないのか。君には、それだけの勇気がないからだ。僕は君を毒殺しても、すぐ、男子たる面目をたてるために、爆烈弾をもって死のうとしたよ。だがいわゆる事志とちがって、自殺することさえ出来ぬ身体になってしまった。然るに君はどうだ。僕と同じ丸薬をのむことはなるほど気が利いて居るけれど、自分だけ助かろうというではないか
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