ところに至って、ひやりとしたものが背筋を走った。
「それでは先生、たとい直接手を下されずとも、北沢は狩尾博士が……」
先生は、手真似で「静かに!」と警告された。「だから、はじめに君にことわってあるではないか。狩尾君は天才だよ。到底僕の及びもつかぬ段ちがいの天才だよ。こうして思い切った実験は、アカデミックな考え方にとらわれて居る僕等の金輪際為し得ざるところだ。それは世間普通の考え方から言えば、悪い意味にもとれるが、とに角、科学によって自然を征服して行こうとするには、これくらいのことを平気でやってのけねばなるまい。
「いや、このことについては、これ以上深入りしては論ずまい。それを論ずべく、僕はあまりにつかれて居る。だから、最後に、僕が遺書の中から発見したという証拠について語って置こう。
「見たまえ。この遺書の文字はすこぶる綺麗に書かれてあるが、よく見ると、ところ/″\に、棒なり点なりの二重な、即ち一度書いた上をまた一度とめた文字があることに気づくだろう。僕はそこに目をつけて、その文字を拾って見たのだ。即ち、
[#ここから4字下げ]
……書いたも[#「も」に傍点]のはない。……の……も[#「も」に傍点]
……よるものであろう[#「う」に傍点]。……の……う[#「う」に傍点]
……はっきり[#「り」に傍点]この……………の……り[#「り」に傍点]
……特に君[#「君」に傍点]に伝えず…………の……君[#「君」に傍点]
……描い[#「い」に傍点]ている。……………の……い[#「い」に傍点]
……自殺するか[#「か」に傍点]を……………の……か[#「か」に傍点]
……が[#「が」に傍点]、少くとも……………の……が[#「が」に傍点]
……不安で[#「で」に傍点]ある。……………の……で[#「で」に傍点]
……信用す[#「す」に傍点]ることは…………の……す[#「す」に傍点]
[#ここで字下げ終わり]
の九字で、これを合わせて読むと、「もうり君いかゞです」となる。この言葉を発するのは、狩尾君より他にないではないか。
「そこで僕は、その狩尾君の呼びかけの言葉に対して、返事を書いたのだ。それが、君を煩わした、新聞広告の文字なのだ。PMbtDKとは、別に暗号でも何でもなく、
[#天から3字下げ]Prof. Mohri bows to Dr. Kario.
の最初の一字ずつをとったのだ
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