だった。君ばかりでなく、他の友人たちも、それを気づいて、すぐに先生の生前に、僕にたずねた者がある。僕には先生の憂鬱の原因、ことに死の直前一ヶ月あまりの極端な憂鬱の原因はよくわかって居た。けれども、先生が生きて居《お》られる限りはその原因を僕は絶対に人に語らぬつもりだった。けれども、今はもうそれを語ってもよいばかりでなく、また語らずには置けぬ気がするのだ。で、それについてこれから出来るだけ委《くわ》しく書こうと思う。
 それから今一つ、話の序《ついで》に、君が嘸《さぞ》聞きたがっているだろうと思う、例の新聞広告、とだしぬけに言ったのではわかるまいが、今から一ヶ月半ほど前に、都下の主な新聞の三行広告欄へあらわれた不思議な広告
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PMbtDK
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の種明しをもしようと思う。こう言うと、君は定めし不審に思うだろうが、あの広告は、実は僕が出したものだ。君よ、驚いてはいかぬ。詮索好きの君は、あの当時、よく僕の教室へ来て誰が、何のために出して、どういう意味があるだろうかと、色々推定を行《や》ってきかせてくれたものだ。僕は君に感附かれないように、つとめて知らぬ顔を装って居たのだが、あれこそ、先生の憂鬱の原因と関係があって、その当時は絶対の秘密を要したことだから、僕は自分ながら感心するほど、よく自制したよ。が、今はそれを自由に物語ることが出来るのだ。君も、きっと喜ぶだろうが、僕もうれしい気がする。
 K君。
 君はよく記憶して居るだろう。郊外Mに文化住宅を構えて居た若き実業家北沢栄二の自殺の一件を。一旦自殺として埋葬されたのを、警察の活動によって、未亡人|政子《まさこ》とその恋人たる文士緑川順が、他殺の嫌疑で拘引され、死骸の再鑑定をすることになったが、鑑定の結果、やはり自殺と決定されて二人は放免され、事件は比較的平凡に片づいてしまった。あの鑑定は主として僕がやったけれど、実はあの事件の底には、もっと/\奥深いものがかくされて居て、それがやがてあの謎の広告と密接な関係を持って居るのだ。というと、察し深い君は、あの事件がやはり他殺だったのかと思うであろう。そうだ。思い切って言えば、やはり一種の他殺だったのだ。が、それはたしかに普通の場合とは異って居るので、それがあの謎の広告となったのだが、とに角、こういう訳で、毛利先生の憂鬱の原因は、間
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