待った。
 やがて福間警部につれられてはいって来たのは二十四五の、顔の長い、髪の毛の房々とした青年だった。毛利先生は何思ったか福間警部を別室に退《しりぞ》かせて、緑川に犯行の模様を語らせた。それは、福間警部が自動車の中で告げたことゝ少しも変らなかった。
「それでは、この机の前で、その時の北沢さんの模様をやって見せて下さい」
 と、毛利先生は立ち上って、自分の腰かけて居た椅子を緑川に与え、室の隅にあった薄縁《うすべり》をもって来て床に敷かれた。
 緑川はおそる/\椅子に腰かけた。
「さあ、眼をつぶって微睡して居る様子をして下さい。僕がその時のあなたの役をつとめます。よろしいか。そら、ドンとピストルを打った。そこで北沢さんはどうしましたか」
「何しろ興奮して居たから、こまかい動作はよく覚えて居りません。たしか、こういう風に立ち上ったと思います。それから、たしか身体を、こう捩《ね》じて、下へたおれ、こう言う風に横《よこた》わりました」
 こう言って一々その動作を示した。
「宜《よろ》しい。恐入りますが、もう一度やって見て下さいませんか」
 更に再び実験が行われた。
「横わった時の姿はそれに変りはありませんか」
「それはたしかに記憶して居ります」
「よろしゅう御座います。元の部屋へお帰り下さい」
 こう言って先生は福間警部をよんで緑川を連れ去らせた。
「涌井君。君は昨日北沢家へ調べに行った時、福間警部に北沢がどんな風に死んだかを演《や》って見せたね」
「はあ」
「そうだろうと思った」
 やがて福間警部が戻って来ると、
「福間君。白状というものは、こちらから教えてさすべきものでないよ。むこうの言うことを黙ってきけばいゝのだ」
「緑川が何か言いましたか」
「いま緑川に実演させたら、君が教えたとおりにやったゞけで本当のことをやらなかったよ。あんな飛び上り方なんて、まったく嘘だ。たゞ、横わってからは本式だった。本人も、飛び上ってから、身体を捩じてたおれるまでは、どうも興奮してよく覚えて居りませんと言いながら、横わった姿だけはっきり覚えて居るんだ。緑川の自白は虚偽だよ」
「それでは何故そんな虚偽の自白をしたのでしょう」
「それは、あとでわかるよ。未亡人をつれて来てくれたまえ」
 間もなく黒い洋装の喪服を着た北沢未亡人が連れられて来た。眼の縁が際立って黒かったので、一層チャーミングに見
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