傲慢な態度を見て、これまで感じたことのないほど深い復讐の念に燃えました。前にも申しましたとおり、私の復讐は、いつも一定の時日を経て、チャンスを待って行われるのでしたが、その時ばかりは前例を破って、思わずも、傍《そば》に置かれてあった散瞳薬《さんどうやく》の瓶を取り上げ、患者の両眼に、二三滴ずつ、アトロピンを点じたのであります。通常眼底を検査するには、便宜をはかるために散瞳薬によって瞳孔を散大せしめることになって居りますが、アトロピンは眼球の内圧を高める性質があるので、これを緑内障にかゝった眼に点ずることは絶対に禁じられて居るのであります。然し、その時一つは、眼底が見にくゝていら/\したのと、今一つには患者の言葉がひどく胸にこたえたので、私は敢てその禁を犯しました。アトロピン点眼の後、更に私が彼女の眼に検眼鏡をかざしますと、彼女は又もや「そんなことで眼底がわかりますか」と、毒づきました。私は眼のくらむ程かっ[#「かっ」に傍点]と逆上しましたが「今に見ろ」と心の中で呟いて、何も言わずに検眼を終りました、視力検査の結果は、まがいもなく、緑内障の可なり進んだ時期のものでしたが、別に眼球剔出法を施さないでも、他の小手術でなおるだろうと思いましたので、そのことをS教諭に告げて置きました。
 ところが、私の予想は全くはずれたのです。その夜はちょうど私の当直番でしたが、夜半に看護婦があわたゞしく起しに来ましたので、駈けつけて見ると、彼女はベッドの上に、のた打ちまわって、悲鳴をあげ乍《なが》ら苦しんで居《い》ました。私は直ちに病気が重《おも》ったことを察しました。或《あるい》はアトロピンを点眼したのがその原因となったかも知れません。はっ[#「はっ」に傍点]と思うと同時に、心の底から痛快の念がむら/\と湧き出ました。取りあえず鎮痛剤としてモルヒネを注射して置きましたが、あくる日、S教諭が診察すると、右眼の視力は全々《ぜん/\》なくなってしまい、左の方もかすかな痛みがあって、視力に変りないけれど、至急に右眼を剔出しなければ両眼の明を失うと患者に宣告したのであります。そうしてその時S教諭は患者の目の前で、これ程の容体になるのを何故昨日告げなかったかと、例の如く、Stumpf《スツンプ》, Dumm《ドウン》 を繰返して私を責めました。
 S教諭が患眼剔出を宣告したとき、私は彼女が一眼をくり
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