持って階下へ行こうとしたが、段々を二つ三つ降りたかと思うと、足をふみ辷《すべ》らせたと見え、「ドドドン」という音が家内中に響き渡ったので、青年も校長夫人も、思わず立ち上がって階段の降り口へ駈けつけたそうだ。

「ハハハハハ」私は思わず笑った。
 しかしFは真面目顔だった。「君もやっぱり笑っちまったね。しかしだ。その娘が、落ちた拍子に林檎を剥くナイフの先で頬を傷つけ、それから丹毒症に罹《かか》って五日目に死に、妹の死んだ晩に姉さんが縊死したときいたら、あまり笑えないだろう」
「え? 本当か? なぜ姉さんは自殺したのだ?」
「書置がなかったからわからぬが、子のように育てた妹に死なれた悲哀の結果か、或いはだね、姉さんが段梯子に椿油でも塗って……」
「まさか?」
「そうでないかも知れんさ、そこは、君の腕次第でどうにでも書けるじゃないか? 僕はただ題材を提供しただけだ、実は、その見あいをした青年というのが僕自身で、爾来《じらい》十年、僕は、段梯子に恐怖を感ずるばかりか、見あいそのものにも一種の恐怖を感ずるようになったよ。……」
[#地付き](一九二六年二月号)



底本:「「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2」光文社文庫、光文社
   2000(平成12)年4月20日初版1刷発行
初出:「探偵趣味」
   1926(大正15)年2月号
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2004年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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