た。
「ふむ」と軍医は大声で言いました。「大きな禿だな。ははあ、火傷を受けて出来たようだな。よし」
 こう言ったきり、不合格とも何ともいいませんでした。
 その時の私の喜びを御察し下さい。併せてその時の私の心臓の鼓動をお察し下さい。
 まったく、私の心臓は、早鐘をつくように、いわば破れんばかりに躍動して自分ながら心臓の処置に困るほどでした。
 いよいよ合格だ! 学科試験はもう訳はないのだ! こう思って、いわば有頂天になって、前後も知らぬ有様でした。
 ふと、気がつくと、軍医は私の前に腰かけて、私の脈を診《み》ておりました。と、その時、軍医の顔に一抹の暗影を認めましたので、私は、恐ろしい予感のためにはッと思って身をすくめました。
「ひどい不整脈だ!」と、軍医はつぶやきました。「こりゃいかん。強度の心臓病だ」
 こう言ったかと思うと、にッと笑って私の顔を見ました。その時の軍医の顔の恐ろしさは、今でも思い出すとぞっとします。
「不合格!」
 りん[#「りん」に傍点]とした声が耳の底に伝わったかと思うと、私はその場に卒倒してしまいました。
[#地付き](「キング」昭和二年六月号)



底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
   1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「キング」
   1927(昭和2)年6月号
初出:「キング」
   1927(昭和2)年6月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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