は変態性慾と食人との関係について色々の例を述べて説明しました。恋人を殺してその心臓を切り出し、それを粉砕して、パンの中に焼き込んで食べた男の話などは、いつもならば何ともありませんが、今夜に限って、自分ながら妙な気持になり、外から盗人のようにはいって来るなまぬるい風さえ、血腥《ちなまぐさ》い臭いを持って居るかのように、思われました。
次に大衆文芸作家K氏の日本文学にあらわれた食人の話があり、それについで、男の方も女の方もそれぞれ、凄い、面白い話をされ、最後にC子さんの番になりました。C子さんは数年前まで看護婦をして居られたのですが、故《ゆえ》あって今はタイピストをして居られます。
「それでは、今度はC子さんに御願い致しましょう」と私が申しますと、C子さんは、何故か先刻《さっき》から二三度|太息《ためいき》をついて居られましたが、この時、決心したように言いました。
「思い切って御話することに致しましょう。実は私が看護婦をやめましたのも、ある御方の食人が動機となったので御座います。でも、この御話は、普通の女の方の前では、何だか、申しにくいところがありますから……」
「いえ、かまいません。どうぞ是非話して頂戴《ちょうだい》」と他の二人の女の方が口を揃えて、熱心に申しましたので、C子さんは、「それでは」といってしずかに話しはじめました。
その時、ふと私が明け放した座敷から、おもてを見ますと、蝎座《さそりざ》の星が常よりも鋭く輝いて、はや、西南の空の地平線に近いところへ移って居ました。
△△医科大学が、まだ△△医学専門学校と申しました時分のことで御座います、私は、産婦人科教室の看護婦を勤めて居りましたが、患者の受持ではなく、手術場を受け持って、手術の際に、ガーゼを渡したり手術道具を渡したりする役を致して居りました。
主任教授はT先生と申しまして、その頃は四十前後の、まだ独身で御座いましたが、産婦人科の手術にかけては日本でも有数の御方で、その上弁舌に巧みでいらっしゃいましたから、学校内は勿論世間でも大へん評判が宜《よろ》しゅう御座いました。いくら名医と申しましても、やはり人間である以上誤診ということは免れ得ませんが、T先生は平素、念には念を入れる性質《たち》でしたから、滅多《めった》に誤診はなく、たまたまあっても、患者の生命に少しの影響をも及ぼしませんでした。
とこ
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