げたものは逃がしておけ。だが、法信、勘忍《かんにん》してくれよ。今のわしの話した蝋燭の一件は、あれはわしがとっさの間にこしらえた話だよ。さっき、わしは阿弥陀様の後ろに、ちらッと動くものを見たので、さては、泥棒がこの暴風雨に乗じて賽銭を盗みに来たのだと知ったが、うっかりわめいては、先方がどんなことをするかも知れぬと思ったから、これは策略で追い散らすより外はないと考えたのだよ。刀でもふりまわされた日にゃ、二人とも殺されてしまうかもしれないからなあ。でも、幸いに、泥棒もわしの話を本当だと思って逃げて行った。なに、この蝋燭は普通のものだよ。良順は病気で死んだに間違いない。実は今夜わしは雨月物語を読んでいたのだ。それから思いついたのだ、お前をびっくりさせたあの話を」
 こう言って右手にもった光るものを差し出し、さらに続けた。
「お前が刃物だといったのは、この扇子《せんす》だよ。恐ろしい時には、物が間違って見える。きっとあの泥棒もこれを刃物だと思ったにちがいない……」
 暴風雨はいぜんとして狂いたけった。



底本:「怪奇探偵小説集1」ハルキ文庫、角川春樹事務所
   1998(平成10)年5月18日第1刷発行
底本の親本:「怪奇探偵小説集」双葉社
   1976(昭和51)年2月発行
入力:大野晋
校正:しず
2000年11月7日公開
2005年12月11日修正
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