、二人の影は、天井にまで躍り上がった。空気はどんよりと濁って、あたかも、はてしのない洞穴《ほらあな》の中へでも踏みこんだように感ぜられ、法信は二度と再び、無事では帰れないのではないかという危惧の念をさえ起こすのであった。
正面に安座まします人間大の黒い阿弥陀如来《あみだにょらい》の像は、和尚の差し出した蝋燭の灯に、一層いかめしく照し出された。和尚が念仏を唱えて、しばらくその前に立ちどまると、金色の仏具は、思い思いに揺れる灯かげを反射した。香炉、燈明皿《とうみょうざら》、燭台、花瓶、木刻金色《もっこくこんじき》の蓮華をはじめ、須弥壇《しゅみだん》、経机、賽銭箱《さいせんばこ》などの金具が、名の知れぬ昆虫のように輝いて、その数々の仏具の間に、何かしら恐ろしい怪物、たとえば巨大な蝙蝠《こうもり》が、べったり羽をひろげて隠れているかのように思われ、法信の股の筋肉は、ひとりでにふるえはじめた。
和尚は再び歩き出したが、さすがの和尚にも、その不気味さは伝わったらしく、前よりも速めに進んで、ひととおり戸締まりを見まわると、蒼白い顔をしてほッとしたかのように溜息《ためいき》をついた。
しかし、和尚は、何思ったか再び恐ろしい本堂に引きかえした。そうして、阿弥陀如来の前に来たかと思うと、真下にあたる勤行《ごんぎょう》の座につき、手燭をかたわらに置いて言った。
「法信、礼拝だ」
法信は機械《からくり》人形のようにその場にひれ伏した。しばらく和尚とともに念仏をとなえて、やがて顔をあげると、如来の慈悲忍辱《じひにんにく》の光顔《こうがん》は、一層柔和の色を増し、暴風雨にも動じたまわぬ崇高さが、かえって法信を夢のような恐怖の世界に引き入れた。
「恐ろしい風だなあ」
和尚の言葉に法信はどきりとした。
「時に法信!」
しばらくの後、和尚は突然あらたまった口調で、法信の方に向き直って言った。
「今夜わしは、阿弥陀様の前で、お前に懺悔《ざんげ》をしなければならぬことがある。わしは今、世にも恐ろしいわしの罪をお前に白状しようと思う。幸いこの暴風雨では、誰にきかれる憂いもない。耳をさらえてよく聞いておくれよ」
和尚はその眼をぎろりと輝かして一段声を高めた。
「実はなあ、お前はわしを徳の高い坊主だと思っているかもしれんが、わしは阿弥陀様の前では、じっとして坐っておれぬくらいの、破戒無慚《はかい
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