メリカには美爪術《メニキュア》を行《や》って日を送る頽廃人が多いが、彼も、髪をときつけることと、洋服を着ることに一日の大半を費した。彼は何か纏《まと》まった職業に従事すると、三日目から顱頂骨《ろちょうこつ》の辺がずきりずきりと痛み出すので一週間と続かなかった。彼はいつも、頭というものが、彼自身よりも賢いことを知って、感心するのであった。又、彼は何をやってもすぐ倦《あ》いてしまった。時には強烈な酒や煙草を飲み耽《ふけ》ったり、或は活動写真に、或は麻雀《マージャン》に、或はクロス・ワード・パズルに乃至は又、センセーショナルな探偵小説に力を入れても見たが、いずれも長続きがしなかった。彼はこの厭《あ》き性《しょう》を自分ながら不審に思った。そうして、恐らく自分の持って生れた臆病な性質が、その原因になって居るだろうと考えるのであった。
 近代の頽廃人には二種類ある。第一の種類に属するものは、極めて大胆で、死体に湧く青蠅《あおばえ》のように物事にしつっこい。第二の種類に属するものは、極めて臆病で、糊《のり》の足らぬ切手のように執着に乏しい。静也はいう迄もなく、この第二の種類に属する頽廃人であった。
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