は依然として減退しなかったので、飲んではならぬという氷を[#「氷を」はママ]敢て飲むものが多く、さような連中はみごとにころりころり[#「ころりころり」に傍点]と死んで行った。皮肉なことには医師がだいぶ罹った。平素それ等の医師から高い薬価を請求されて居る肺病患者は、自分自身の病苦を忘れて痛快がった。やがて死ぬべき運命にあるものは、知った人の死をきくと頗《すこぶ》る痛快がるものである。
どこの病院も伝染病院を兼ねさせられ忽ち満員になってしまった。焼場が閉口し、墓場が窮屈を感じた。葬式はどの街にも見られた。日本橋の袂《たもと》に立って、橋を渡る棺桶の数を数える数奇者《すきしゃ》はなかったが、仕事に離れて、財布の中の銭を勘定する労働者は無数であった。
恐怖は大東京の隅々まで襲った。あるものは恐怖のために、生きようとする努力を痲痺せしめて自殺した。あるものは同じく恐怖のために発狂して妻子を殺した。又、精神の比較的健全な者も、種々の幻覚に悩んだ。たといそれが白昼であっても、白く塵《ちり》にまみれた街路樹の蔭に、首を吊って死んで居る人間の姿を幻視した。況《いわ》んや、上野や浅草の梵鐘《ぼんしょう
前へ
次へ
全29ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング