縊死したあさ子の死体から流れて天井にたまったものであるが、それが丁度花嫁の捧げた盃の中にはいるということは、あまりにも因縁の深い偶然といわねばならない。
 良雄は後に、天井裏の探険に行った時のことを物語って、縊死して居たあさ子の手が自分をまねいたので思わず引き寄せられて行ったと話したそうであるが、それは恐らく蝋燭のうすぐらい灯によって起った錯覚であっただろうと思う。それにしても、たおれた拍子に、蝋燭の灯が右の眼の上に落ちたということも、やはり、単なる偶然とは思われない。
 最後に一|言《ごん》。あさ子の父丹七は、あさ子の葬式をすました翌日、飄然《ひょうぜん》として出発したまま、その後帰って来ないので、人々は、今でもその生死を知らないのである。村人の中には、結婚の夜、丹七がそれ迄監視して居たあさ子の外出を知らぬ訳はないから、故意にあさ子を外出せしめたのだろうという穿《うが》った解釈をするものもあるが、果してそうであったかどうかは誰にもわかる筈がない。



底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
   2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「現代」
   1926(大正15)年7月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年4月26日作成
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