なり、なるほど自分の顔に似たところがあると思い、同時に教授の態度や声色が極めて真似し易いことを知りました。
教授との二三の会話の後、いま、解剖室には警察や検事局の人が立合って、教授の行くのを待っているばかりであるということがわかりました。で、仙波はすばやく京山に合図をして、あッと思う間に教授に猿轡《さるぐつわ》をはめ、教授をしばり上げました。そうして五分たたぬうちに、京山は、白い手術衣をつけた奥田博士になり切ってしまいました。
贋の奥田博士が廊下に出るなり、むこうから、同じく白服を着た男が来ました。京山は直覚的に、それが助手であると知りました。
「先生、もう皆様《みなさん》がお待ち兼ねですから、呼びにまいりました」
「そうかね、今一寸手が離せなかったものだから」と贋博士は鷹揚《おうよう》な態度でいいました。
助手は敬意を表する為、教授の後にまわって歩こうとしました。京山ははッと驚きました。解剖室がどこにあるかわからないので、思わずもその場に立ちどまってしまいました。が、さすがはこれまで幾度《いくたび》となく扮装したことのある京山ですから、突嗟《とっさ》の間に、ある考えを思いつきました。
「実は今日の解剖は君たち二人にやってもらうことにしたよ。だから、そのつもりで一足先へ行って、もう一人の助手にそういってくれたまえ」
助手は怪訝《けげん》そうに教授の顔を見上げていいました。「矢野君は今日留守で御座いますから、先生と御一緒に解剖するはずで御座いましたが」
「いや、そうそう」と京山は、内心ぎくりとしながら答えました。「ついうっかりしていた。実はねえ、あの死骸は少し怪しいと思うところがあるから、腹の中の……五臓を僕自身で検《しら》べて見たいと思うのだ。だから君面倒だが、真先に腹の中のものみんな取出してくれぬか」
『五臓』などという言葉をこれまで一度も先生の口からきいたことがないので、助手は不審に思いましたが、矢野助手の不在を忘れるくらいだから、先生今日はどうかしてるなと思いました。
「承知しました」こういって助手が先になって走り出そうとすると、
「あ、君一寸」と贋教授はよびとめました。「君、僕はここで待っているが、腹の中のものだけ切り出して持って来てくれぬか。何だか今日は気分がすぐれないから」
少々京山も臆病になって来ました。
「でも先生、先生の口から、一応検事に
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