ました。薬包紙に残る指紋はもとより不完全なもので、だれのものともわからず、また、ある一定の人の指紋が現れたとしても、必ずしもその人が亜砒酸を投じたとは断定できません。同様に令嬢か女中か、あるいはまた、疑ってみればあなた自身がお入れになったのかもしれません。で、わたしはすっかり迷ってしまったので、この問題を解決してくださるのはあなたよりほかあるまいと思って来ていただいたわけなのです」
 検事は一息ついて、ぎろりと目を輝かして相手を見つめた。藤井署長も片田博士も、なんとなく緊張した様子であった。山本医師も少なからず緊張して見えたが、気温の高いのに似合わず顔の色が青かった。
「わたしに解決せよとおっしゃっても、解決のできる道理がありません」
 と、医師は細い声で言った。
「そうですか。わたしはまた、この事件の鍵《かぎ》を握っている人は、あなたよりほかにないと思うのです」
「なぜですか」
「なぜと言いますと、さっきも述べましたとおり、あなたが二十九日の朝書生に持たせてよこされた薬の中に亜砒酸があったとすると、その亜砒酸を投じた者は保一くんか健吉くんか、令嬢か女中か、あるいはあなたご自身か、さも
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