向かって、ちょっとその薬を見せなさいと言って取り寄せ、ひそかに携えてきた亜砒酸をその中へ混ぜたらしいのです。亜砒酸は白色で無味ですから、決して服用する人にはわかりません。
 さて、わたしは以上の話を単なる想像のように申しましたが、実は、かように想像すべき事情、いやむしろ証拠というべきものがあったのです。それは何かと言うに、あなたがその朝、書生さんに持たせてやられた薬剤の包み紙を片田博士に分析してもらった結果、明らかに亜砒酸の存在が認められたのであります」

       4

 この言葉を聞くなり、山本医師の身体はゴム毯《まり》のように椅子《いす》から跳ね上がった。そうして、何か言おうとしてもただ唇だけが波打つだけで、言葉は喉《のど》の奥につかえで出てこなかった。
「まあまあ」
 と、検事は手をもって制して言った。
「なにもそれほど驚きになることはありません。あなたがお入れになったとはわたしは申しませんでした。あなたが書生さんに持たせてやられた薬の中に亜砒酸があったとて、ただちにあなたがお入れになったということはできません。だからわたしはまず保一くんに嫌疑をかけてみたのです。そうしてい
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