チンク夫人が、一九一四年二月エルサレムへ旅行して、船がポートセードに着くと突然甲板へ印度人の予言者が乗り込んでつかつかと夫人の前へ寄って来て、
「未来を予言しますから二ポンド下さい」
 と言った。
 夫人は余りその種のことを好まなかったが、どうしたはずみか急に好奇心が湧いて二ポンドの紙幣《さつ》を印度人に与えた。
 やがて件の印度人は、甲板に跪きながら暫らく御祈りめいたことをしていたが、突然立ち上って、
「八月、八月にはどえらい事がある」と叫んだ。夫人は驚いて息をはずませ「私の身の上にか?」
「いえいえ、世界中が血だらけになるのです」
 こう言って彼は去ってしまった。
 八月果して欧洲戦争が起った。
 手相からも深い予言が出来るらしい。ヘロン・アレン氏の手相に関する書を読むと、同氏がかつてロンドンの郊外の友人の宅で、若い女に手相を見て貰ったことを書いている。彼女は言った。
「あなたはかつて婚約なさいましたが、あなたの気儘で破約なさいました。恰度二年程の前のことですが、それ以来あなたの健康が勝《すぐ》れなくなりました」
 もっと言おうとしたのをアレン氏は手を引込《ひっこめ》てしまった。と言うのは一々それが当っていたからである。
 実際手相は過去のことばかりでなく、現在のこと、未来のこともよく分るらしい。私は本誌の連載小説「恋魔怪曲」の中に、ある予言者をして、手相に依る予言を行わしめたが、それは全くの空想ではなく、これらの事が材料となっているのである。
[#地付き](「講談倶楽部」昭和三年三月号)



底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
   1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「講談倶楽部」
   1928(昭和3)年3月号
初出:「講談倶楽部」
   1928(昭和3)年3月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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