と木村さんは果たして、真っ青な顔をして出てきました。
「俊夫さん、どうしよう。八百屋のお上《かみ》さんに聞くと、竹内は今朝《けさ》急に引越しをすると言って、行き先も言わずに、荷物を持って出ていったそうです」
「おじさん、まあ心配しなくてよい、竹内の行った先はちゃんと分っているから、白金は大丈夫とりかえせます。さあこれからこの自動車で警視庁へ行きましょう」
「警視庁?」
と木村さんは眼を丸くして言いました。
「そうです、ことによると竹内はもう捕まっているかもしれん」
木村さんの顔に、はじめて安心の色が浮かびました。
自動車が芝公園にさしかかったとき、木村さんは俊夫君に向かって尋ねました。
「俊夫さんは、どうして白金が土瓶の中の王水《おうすい》にとかしてあることを見つけたのですか?」
「ああ、そのことですか、それじゃこれから僕が探偵した順序を話しましょう。まず工場の床の上には、外から入ったらしい人間の足跡が一つもありませんでした。
それから、あの硝子《ガラス》の破片《かけ》です。外から破ったのなら、中の方にたくさん破片がなくてはならぬのに、よく検《しら》べてみると、外の芝生の上に落ちていた破片の方が中に落ちていた破片より沢山あったのです。だから、あの硝子は中から破ったものだと知ったのです。
中から破ったものだとすれば、破ったものは竹内より他にありません。すると白金は竹内が盗んだにちがいないが、さて、一体どこに隠しただろうかと、僕は一生懸命に引き出しをあけたり棚の上の器の中を検べました。
ところがどこにも見当たらなくて、とうとういちばんしまいにまさかと思って土瓶の蓋をとったら、妙な香《におい》がぷんとしました。はっと思って僕は考えたのです。室《へや》の中の麻酔剤の臭いは、この土瓶の中の液体の臭いをまぎらすためだ。白金はこの土瓶の中に隠されてある。
こう思ったけれど、あの場合それを言いだしたら竹内がどんなことをするかもしれぬ。そこで僕はおじさんに『誰の飲むお茶ですか』と聞きました。するとおじさんより先に竹内が返事をしました。だから僕はいよいよ竹内が犯人だと知って、エックス光線をかけにいってもらったんです」
「え?」
と木村さんは不審そうな顔をして尋ねました。
「白金が土瓶の中にあったなら、エックス光線をかけるに及ばぬじゃないですか?」
「それはそうだけれど……おや、もう警視庁へ来ましたよ。そのことはあとでゆっくり話しましょう」
こう言ったかと思うと、俊夫君は自動車の扉《ドア》をあけて、さっさと出てゆきました。
警視庁には俊夫君がPのおじさんと呼ぶ小田刑事がおられて、私たちをにこにこした顔で迎えてくださいました。俊夫君は小田さんと二人きりで、しばらくのあいだ何やらぼそぼそ話をしておりましたが、それがすむと、ちょうど昼飯《ひるめし》時だったので、私たちは小田さんといっしょにうどん[#「うどん」に傍点]のご馳走になりました。木村さんは相変わらずぼんやりしていましたが、俊夫君は快活にはしゃぎました。
食事がちょうど終わった時、小田刑事の部下の波多野さんが角袖《かくそで》でふうふう言って入ってこられましたが、私たちの姿を見てちょっと躊躇《ちゅうちょ》されました。すると小田さんは、
「波多野君、この人たちは、みんな内輪だから、かまわず話してくれたまえ」
と言われました。
「仰《おお》せに従って新堀町の八百屋を見張っておりますと、竹内は土瓶を持って帰りましたが、三十分ほど過ぎると、人力車が来まして、竹内は行李《こうり》とその土瓶を持って、その車に乗りました。車は品川の方をさしてずんずん走り、私は車のあとからついて走りました。
それから品川を過ぎ、大井町を通って大森の△△まで行きました。あまり遠かったのでずいぶん弱りましたが、ついに車は畑中の一軒家の西洋造りの家の前でとまり、竹内は行李と土瓶とを家《うち》の中に運び入れて車をかえしました。私はしばらくその家の様子を伺っていましたが、家の中には誰もいないように思われました。
近所で聞いてみると、誰もどんな人が住んでいるかは知らないけれど、夜分になると男が五六人集まってきては、西洋館の階下の隅にある室《へや》で、化学実験のようなことをするということでした。そこで私はとりあえず、品川署へ電話をかけて二人の角袖《かくそで》巡査にその家の見張りをさせ、ひとまず帰ってきたのでございます」
「それはご苦労様。それじゃ、やっぱり夜分でないと、あげる[#「あげる」に傍点]ことはできないねえ、まあゆっくり休んでくれたまえ」
と小田さんは言いました。
波多野さんが出てゆくと、小田刑事は俊夫君に言いました。
「俊夫君、いま聞いてのとおりだから、今夜七時にここで勢揃いして、八時頃にむこうに着
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