まで仕事をし、それから竹内さんだけが徹夜するつもりで仕上げを急いでおりました。
 ところが、木村さんが寝床《ねどこ》へ入って、うとうととしたかと思うと、何か工場の方から異様な物音がしてきたので、早速とび起きて、工場の扉をあけて見ると、中は真っ暗であったが、妙な鼻をつくような甘酸《あまず》いような臭いがしたので、はっ[#「はっ」に傍点]と思って電灯をつけると、驚いたことに助手の竹内さんは細工台のもとに気絶して倒れ、白金の塊が見えなくなっていたそうです。
「すぐ警察へ電話をかけようと思ったのですけれど、夜分のことではあるし、それに、俊夫さんの方が警察の人よりも早く犯人を見つけてくれるだろうと思ったので、お願いにきたんですよ」
 とおばさんは俊夫君の顔をのぞきこむようにして申した。
「おばさん心配しなくてもいいよ。白金の塊はきっと僕が取りかえしてあげるから」
 十分の後、私たちは木村さんのお宅につきました。助手の竹内さんは、その時もう意識を回復して、平気で口がきけるようになっておりました。
 竹内さんの話によりますと、木村さんが工場を去られてから四十分ほど過ぎた頃、突然、外から誰かが硝子《ガラス》を割ったので、驚いて顔をあげると、割れ口からいやな臭いのする冷たい風がヒューッと吹いてきて、そのまま覚えがなくなってしまい、木村さんに介抱されて正気づき、初めて白金の塊のなくなったことを知ったというのです。
 俊夫君はこの竹内という人を、虫が好かぬと見えて、これまで、よく私に「いやな奴だ」と申しておりましたが、今、竹内さんの話を聞きながらも、俊夫君は、時々|睨《にら》むような目付きをして眺めましたから、私は俊夫君が竹内さんに嫌疑をかけているのでないかと思いました。
 竹内さんの話を聞いてから、俊夫君は木村さんについて工場へ行きました。いやな臭いがプンとしてきました。工場は居間の隣にあって、居間よりも一尺ばかり低く、タタキ床で、三方が壁に取りまかれた八畳敷位の大きさの室《へや》でして、居間とは扉《ドア》で隔てられております。窓は北側にあって二枚の硝子戸がはめられ、その外側には鉄格子がつけられてあります。そして窓から二尺ばかり離れて細工台が置かれ、その上には色々の瓶や細工道具がぎっしり置きならべられ、なお三方の壁には棚がつけてあって、その上にも、色々の瓶や化学器械がいっぱい置きならべ
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