引っくりかえしました。硝子《ガラス》の割れるはげしい雑音は、義夫をも驚かしたらしく、彼は軽く唸りながら、物を言いかけました。私は、世の中のあらゆることを忘れ、全精神を集注して、彼の口許を見つめました。
「……お母さん……堪忍して下さい。……お母さんに突き落されたとき……僕、すぐ、死ねばよかった……」
がん[#「がん」に傍点]と脳天を斧で打たれた程の激動を私は覚えました。あたりが急に暗くなり、気が遠くなりました。しかし、私は義夫の口から出る臨終の血の泡をかすかに見ました。そうして、背後《うしろ》で発せられた妻の発狂した声をかすかに聞きました。
「オホホホホ、だから、強心剤などつかってはいけないというのに……オホホホホ」
[#地付き](「新青年」大正十五年四月号)
底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「恋愛曲線」春陽堂
1926(大正15)年11月13日初版発行
初出:「新青年」博文館
1926(大正15)年4月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくって
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