感ぜしめる。「仕込杖」と、「四つのクラブの一」には彼の変装振りの如何《いか》に巧みであるかということが遺憾なく描かれてあるが、「仕込杖」の中では、実に、彼はカリングという素人探偵と、レルネルという職業的探偵の二役をつとめて読者をあッ[#「あッ」に傍点]と言わせている。
 この、変装をしたがる癖の外には、彼には別に特種の癖というものがない。ヂュパンの癖は前に述べたが、ホームズに、コカインと音楽を偏愛する癖のあることは読者のよく知っていられるところである。カリングは探偵になるまでによく社会の暗黒面に出入りしては人間研究をする癖があったが、探偵になってからは、そうした癖はなくなった。一般に、深い人間研究をしなくては名探偵になることが出来ぬけれど、人間研究の結果、彼は人間らしい探偵となって、探偵らしい探偵とならなかったために、私たちをしてなつかしみを覚えしめるのである。
[#地付き](「新青年」大正十五年新春増刊号)



底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
   1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
初出:「新青年」博文館
   1926(大正15)年新春増刊号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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