いないと思いました。わたしは悪戯そのものよりも、他人がわたしの肉体に触れたということにいっそう腹が立ちました。それと同時にわたしは、メデューサの首がわたしの身体の中に飛び込んだという夢が正夢に思えて、身震いを禁ずることができませんでした。
 わたしは悪戯をした人間を憎みましたけれど、事を荒立てて穿鑿《せんさく》することを好みませんでした。で、わたしはそうそうその宿を引き払って東京に帰りましたが、メデューサの首がわたしの身体に飛び込んだという夢と、墨の線でお腹いっぱいに描かれたメデューサの首の印象とが、いつまでも消えないばかりか、日を経てますますそれがはっきりわたしの心に浮かびました。うねうねとした線で表された蛇の姿が、鏡を見るたびごとにお腹の上に幻覚として現れ、のちには鏡を見ることさえ恐ろしくなってきました。
 東京へ帰った当座はなんともありませんでしたが、二月ほど過ぎると身体に異常を覚えました。だんだん身体が痩《や》せていくような気がして息切れがはげしく、月経が止まりました。月経が止まると同時に、わたしのお腹が少しく膨らんできたように思われました。わたしはもしやメデューサの首を夢通りに妊娠したのではないかと思って、心配が日に日に増していきましたが、とうとうわたしの心配が現実となって現れました。
 ある日わたしが鏡に向かって膨らんだお腹をよく見ますと、皮膚の下にかすかに蛇のうねりが見えるではありませんか。いよいよメデューサの首がお腹に宿ったのだ! こう思うとわたしは気が違うかと思うほどびっくりしました。それからというもの、来る日も来る日も、わたしがいかに苦しい思いをしたかは先生にもお察しがつくだろうと思います。わたしはだんだん痩せました。肩から胸へかけての美しい曲線は見苦しく変化しました。メデューサの首のために、わたしの恋人すなわちわたしの身体が破壊されるかと思うと、どうにも我慢ができなくなって、ついにこうして先生のもとにお伺いしたわけでございます。先生、これでもまだ、先生はわたしがメデューサの首を孕んだのではないとおっしゃいますか」
 わたしはこの話を聞いて、なんと答えてよいか迷いました。わたしはもはや彼女に反抗する勇気がなくなってしまいました。
「それについて、先生にお願いがあるのです」
 と、彼女はいっそう力を込めて語りつづけました。
「わたしは今日までどうに
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