づれにするかを怪しむであろう。ところが、それは極めて、わけのないことだ。
 今日の正午に、僕たち三人は、いつもの如く平和に食事をする。今日は一日で休業日だからほかの使用人は一人も居ない。君たちはまさか、僕が、君たちの抱擁をひそかに見たとは思わないであろうから、僕がこのような心をいだいて居ることに少しも気づかぬであろう。そこで僕は、君と恒子さんとの食《たべ》ものの中へ、――の致死量をまぜようと思う。――は前に書いたごとく、自殺に都合のよいと同じく他殺にも都合がよいのだ。
 もとより、君たちが食事を終った後に、僕は――をのむ。そうして、君が食事をしてしまってから約三十分ほど過ぎて、この手記を渡すのだ。すると君と恒子さんは、――をのまされたことを知って定めし狼狽するであろうが、も早どうすることも出来ないのだ。
 君たちが昏睡に落《おちい》ると、僕は君と恒子さんとをならばせ、それから、僕は恒子さんのわきに横になろうと思う。そうすれば僕と君とは恒子さんをはさんで死ぬことになるのだ。
 加藤君、
 このあたりの文句は、ことによると、君の眼には触れぬと思う。――何となれば君たちはきっと、中毒から逃れようと、もがくであろうから――けれども、手記を完成して置かないことは気がかりになるから、僕は書き続けるのだ。
 思えば、君と僕とは、同じ病院を経営してこれまで、何の波瀾もなく暮して来た。だから、僕たちが三人一しょに死んだら、さだめし世間の人たちは驚くであろう。
 もとより、この手記を見れば、何のために、僕たちが死んだかはすぐわかる。けれども、ここに、たった一つだけ、永久にわからぬ事情が残るであろう。
 というのは、この手記を書いたのが、外科の加藤か、内科の加藤かということである。それほど僕たち二人の筆跡はよく似ている、というよりも全く同じだといってよいからだ。もし恒子さん――主任看護婦の恒子さんが生きて居《お》れば、失恋者がどちらであるかはたちどころにわかるが、その唯一の判断者たる恒子さんも共に死ぬのだから、もはや生きている誰にもわかりようがない。これが、せめてもの、失恋者たる僕の慰めだ。
 思うに、君と僕とは、全く運命を共にすべくこの世に生れて来たといってよい。何となれば、僕たちは、世にもよく似た双生児だから。



底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
   2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「サンデー毎日特別号」
   1927(昭和2)年9月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年3月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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