聞の報ずる所によると、玉島を殺した男は武山清吉《たけやませいきち》と云って、或る小さな酒屋の若い雇人だった。彼は前夜主人の命令で、得意先に掛取りに行って、五百円余りの紙幣を風呂敷包にして懐中に入れ家へ持って帰る途中で落して終った。彼は気がついてから夢中になって探し廻ったが、誰かに拾われて終ったと見えて、どこにも見当らなかった。
彼の主家は引続く不景気に破産しかかっていたので、その金がなければ愈々《いよいよ》破滅の他はなかった。清吉はよくその事情を知っていたので、自殺して詫びるより他はないと思って、茫然《ぼんやり》しながら歩き廻っていた。そのうちにふと気がつくと、彼は一軒の大きな家の前に立っていた。それは彼の主家の附近で、評判の悪い玉島と云う高利貸の家である事が分った。彼は夢中で歩き廻っていたが、矢張り落した金の事を考えていたと見えて、掛取り先から主家へ帰る途順を歩いていたのだった。
ここの家なら五百や千の金はいつでも転っているだろう。彼は玉島の標札を見上げながら、ふと、こんな事を考えた。そうして、何心なく潜戸を見ると、どうしたのか細目に開いていた。彼は眼に見えない何物かに引摺られるように、潜戸を押した。潜戸は訳なく開いた。彼はフラフラと中に這入った。玄関もどうした事か開け放しになっていた。彼は二階から洩れて来る燈火を頼りに、階段を上った。彼はフラフラと燈火のついている部屋に這入った。すると、玉島が起きていて、彼を怒鳴りつけた。彼は夢中でそこに落ちていた短刀を拾い上げた。そうして、玉島を刺し殺した。
机の上に紙幣があるのが眼についた。彼はそれを懐中に捻じ込んだ。彼は金庫に眼をつけて開けようとしたが、それは駄目だった。そのうちに恐ろしくなって、家を飛び出し、当もなくうろついているうちに、巡回の警官に怪まれて、最寄の警察署の留置場に入れられていたのが、今日昼頃初めて玉島を殺した事を自白したのだった。
「まあ、気の毒な人ね」
読み終った伸子は、顔を蒼くして溜息をつきながら云った。彼女は然し未だ夫の嘘には気づいていないらしかった。
友木は死人のように蒼ざめた顔を上げて、一つ所を見詰めながら、吃り吃り云った。
「運命だよ。運命と云う奴はいつでも罠を掛けて待っているんだよ。それが人生なんだ」
「それで」伸子は多少夫の様子を審《いぶ》かりながら云った。「その罠にかかる人が
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