い。一体この夜警という奴は、つい一月|許《ばか》り前の東都の大震災から始まったもので、あの当時あらゆる交通機関が杜絶《とぜつ》して、いろ/\の風説が起った時に、焼け残った山ノ手の人々が手に手に獲物[#「獲物」はママ]を持って、所謂《いわゆる》自警団なるものを組織したのが始まりである。
 白状するが、私はこの渋谷町の高台から遙《はるか》に下町の空に、炎々と漲《みな》ぎる白煙を見、足許には道玄坂を上へ上へと逃れて来る足袋はだしに、泥々の衣物を着た避難者の群を見た時には、実際この世はどうなる事かと思った。そうしていろ/\の恐しい噂に驚かされて、白昼に伝家の一刀を横《よこた》えて、家の周囲《まわり》を歩き廻った一人である。
 さてこの自警団は幾日か経ってゆく内に、漸《ようや》く人心も落ち着いて来て、何時《いつ》か兇器を持つ事を禁ぜられ、やがて昼間の警戒も廃せられたが、さて夜の警戒と云うものは中々止めにならないのである。つまり自警団がいつか夜警団となった訳で幾軒かのグループで各戸から一人|宛《ずつ》の男を出し、一晩何人と云う定《き》めで、順番にそのグループの家々の周囲を警戒するので、後には警視庁
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