うち》ですね、あれはいつ頃建てたもんですか」
「あれですか、えーと、たしか今年の五月頃から始まって、地震の一寸前位に出来上ったのですよ」
「それ迄は更地《さらち》だったんですか?」
「えゝ、随分久しく空地でした。尤も崖はちゃんと石垣で築いて、石の階段などはちゃんと出来ていましたが」
「あゝそうですか」
「何か事件に関係があるのですか」
「いや。なに、一寸参考にしたい事がありましてね」
それから彼はもう岩見事件には少しも触れず、彼の記者としてのいろ/\の経験を面白く話して呉れた。そうしてポケットから琥珀《こはく》に金の環《わ》をはめた見事なパイプを出して煙草をふかしながら、自慢そうに私にみせて呉れたりした。
彼と別れて宅へ帰り、着物を着かえようとして、ふとポケットに手をやると小さい固いものが触ったので出してみると、先刻《さっき》の松本のパイプであった。いろ/\と考えてみたが、これが私のポケットへ入り得べき場合を考えることが出来なかった。
私は当惑した、何といって松本に返そうかと思った。それから幾日か松本に返そう/\と思いながら、遂にその機がなくそのまゝ過ぎ去った。
或日一通の厚い封書が届いた。裏を返すと差出人は松本であった。急いで封を切って読み下した私は、思わずあっ! と声を上げたのである。
手紙の内容は次の如くであった。
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暫くお目にかゝりません、もう多分永久にお目にかゝらないかも知れません。
私は漸くあの岩見の奇怪な行動と暗号の意味を解することが出来たのです。あなたはこの事件に非常に興味をお持ちでしたから、一通りお話し致しましょう。
先ず例の万引事件からお話し致しましょう。あの事件は多分岩見君は無罪でしょう。何故なら、彼にはあんな巧妙な技倆がないのみならず、前後の事情からするも、彼の取った行動はどうも彼の無罪を証明しています。然らば彼が現在所持して居た品物はどうしたのでしょう。あなたは××ビルディングの白昼強盗事件で、兇漢が岩見に変装していたのを御記憶でしょう。銀座事件でも矢張りこの岩見に変装した悪漢が活躍したのです。この悪漢は岩見が洋品店で立止り、カフス釦《ボタン》を欲しがるのをみると、岩見の立去った後で、その店に入り釦を買いました。次に同様に時計を買って、岩見のポケットへ投げ込んだのです。芝口《しばぐち》の辺で岩見が始め
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