てある蜘蛛どもが、妙に探偵のような眼つきをしておれをにらんでしかたがない。
 ×月×日
 おれは呪われている! あの熱帯産の毒蜘蛛がSの亡霊だとは気がつかなかった。あの眼をみろ、あの眼はSがこの研究室の脚下に血まみれになってよこたわっていたときの眼だ。あいつは毒蜘蛛になったのだ!
 ×月×日
 負けてたまるものか。たかのしれた毒蜘蛛に。SもSだ。殺されるような意気地なしだけあって、蜘蛛になりさがるとは。よし来い。おれは貴様とたたかうぞ。いじめていじめ抜いてやるぞ。だがあの眼つきは、ああおれはこのごろ蜘蛛がおそろしくなってきた。眼だ眼だ。おそろしい蜘蛛の眼だ。
 ×月×日
 蜘蛛の眼がおそろしい。おれはとうていこの部屋のなかで眠ることはできぬ。よしッ、あすはいよいよ最後の勝負だ。見ろ、Sの毒蜘蛛め、ひとつかみにつぶしてやるぞ。

       *   *   *

 おそろしい蜘蛛の日記はここで終っていた。読み終った私はおそろしさにガタガタとふるえだした。ふと気がつくと、私の周囲にズラリとならんだ函のなかから、幾百幾千と数限りない蜘蛛が右から、左から、前から、後からゾロゾロと私めがけてよってくるのだ。私は無我夢中にドアにとびついて押しあけた。ふしぎなことにはそこにちゃんと階段があった。私はあとをもみずに飛ぶように走りおりた。
 数日のあいだ私は熱をだして病床によこたわっていた。そのあいだに奇妙な研究室は火を出して、内部はすっかり焼けてしまい、数百の蜘蛛もことごとく焼け死んだ。当局の見込みは乞食か浮浪人の類がはいりこんで火を出したのだろうというのだった。もし火を出さなかったら、あの異様な塔は永久に静かに回転をつづけて、容易に人に気づかれなかったかもしれないと、私はいまでもそう思っている。
[#地付き](〈文学時代〉昭和五年一月号発表)



底本:「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」創元推理文庫、東京創元社
   1984(昭和59)年12月21日初版
   1996(平成8)年8月2日8版
初出:「文学時代」
   1930(昭和5)年1月号
入力:網迫、土屋隆
校正:小林繁雄
2005年10月31日作成
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