「遣族」]の人に知らせなくちゃならんが、宿所はどこかな」
「二三日前に手紙さ貰いましたゞから、それに書かっているべい」
 一旦家に帰ったお徳は手紙を持ってやって来た、寺本医師はそれを取上げて、
「東京市淀橋区柏木緑荘アパート小浜信造。ハヽア、アパートなんかにおる所を見ると、未《ま》だ独り者らしいな。仮令《たとえ》自分の持家にもせよ、締りを破って這入《はい》って、たった一人で死んでるという事になると、一応駐在所に知らせた方がいゝな」
 寺本医師の指図でお徳は駐在所へ走って、長井巡査を呼んで来た。
「ふゝん」お徳から仔細を聞いて長井巡査はひどく感嘆しながら、「二三日|以前《まえ》に、昨日来るという手紙を寄越して、お前さんがちゃんと掃除して待ってると、約束通りやって来たんだね。そして昼のうちはブラ/\していて、夕方お前さんが頼まれた通り飯を運んで行くと、どこへ行ったのかおらなかったんだね。そして、いつ帰ったか戸締りを破って這入って、籐椅子に凭《もた》れたまゝ狭心症で死んでいた――ふうん」ともう一度感嘆して、「よし直ぐ行く」
 追取刀《おっとりがたな》で駆けつけた長井巡査は寺本医師を見ると、丁寧に礼をして、
「先生、病死に違いありませんかね」
「狭心症に間違いありませんよ」
「いつ頃ですかなア、死んだのは」
「さようさ。今の様子が死後十時間|乃至《ないし》十四、五時間という所ですから、死んだのは昨夕《ゆうべ》の八時から十二時の間でしょうか」
「八時から十二時」と巡査は手帳につけながら、「その間にこゝへ帰って来た訳ですなア」
「帰ってすぐ死んだとするとその通りですな」
「なるほど」と、手帳を訂正しながら、「帰って来たのはその以前《まえ》かも知れませんなア。然し、帰って来たのが十二時以後という事はあり得ない訳ですか」
「まアそういう事です」
「他殺でもなく、又変死でもなく、只《たゞ》の病死だとすると、問題はない訳ですが、念の為に署の方へ報告して置きましょう」
 長井巡査は手帳を閉じてポケットに入れると、さっさと歩いて行った。
 寺本医師も帰り支度をしながら、お徳に、
「この人は伯父さんから別荘を譲られてから、昨日初めてこゝへ来たんだね」
「そうでごぜえますだ。先《せん》の旦那がなくなられますと、すぐ手紙が参《めえ》りまして、儂《わし》はなくなった人の甥っ子だが、別荘さ譲り受ける事になったゞから、前々《めえ/\》通り管理していてくんろっていって来ましたゞ。それからハア、もう二年にもなりますだが、来たのは昨日さ初めてゞごぜえますだ」
「初めて別荘に来て、すぐ死ぬとは気の毒な人だねえ」
「全くでごぜえますだ」
 お徳がそういって相槌を打った時に、お徳の亭主の竹谷義作《たけやぎさく》が紙片《かみきれ》のようなものを手にして、頭をふり/\やって来た。何とも訳が分らぬという顔つきだった。彼はお徳を見ると叫んだ。
「オイ、お徳よ。俺《おら》ア、丸で狐に撮《つま》まれたようだよ」
 そういって手にした紙片を出したが、それは電報だった。
「どうしたゞかよ」
 お徳は何か恐いものでも取るように、オズ/\と電報を受取ったが、すぐ大きな声を出した。
「ひゃア、こ、これは、あんちゅう事だ」
 寺本医師が電報を覗き込むと、
[#天から2字下げ]ナニノマチガイカ オバマシンゾウハイキテイル ヨクシラベコウ
「うむ」寺本医師は唸《うな》った。「じゃ、この死んでいる男は小浜信造じゃないのだな。之《これ》アいよいよ警察の仕事になって来たわい」


          鳶《とび》色の洋服

 所轄警察署から小浜信造宛に、
[#天から2字下げ]スグオイデコウ
 という電報が打たれた。
 午後二時過ぎ小浜信造はやって来た。色の蒼白い三十そこ/\の華奢《きゃしゃ》な青年だった。
 一旦警察署に出頭した信造は、司法主任以下に連れられて、現場の別荘に着いたが、お徳は信造を見ると、卒倒するほど驚きながら叫んだ。
「あれまア、旦那さま」
「あゝ、お徳さん」信造は馴々《なれ/\》しくいった。
「昨日はどうも失敬したよ。夕方に急に思い出した事があったので、黙って東京へ帰って終《しま》って――」
 司法主任の榎戸《えのきど》警部は信造に向って、意外という風に、
「じゃ、あなたは昨日こゝへいらしたのですね」
「えゝ」今度は信造の方で不審そうに、「お徳さんからお聞きにならなかったのですか」
「聞きました。然し、その人間が死んだ人間と同じ人間だと思っていましたので――」
「御冗談です。僕は死にやしません。こうやって生きてますよ」
「ふむ」流石《さすが》の警部も狐に撮《つま》まれたような顔をしながら、「兎に角、屍体を見て下さい」
 信造は屍体を一眼見ると叫んだ。
「あゝ、卓一だ」
「え、ご存じの方ですか
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