造になろうと決めました。卓一と信造とは元々よく似ていましたから、別荘の方を胡魔化すのは何でもありません。むつかしいのはアパートの方ですが、之も管理人に一寸顔を合すだけですから、どうにかやれると考えたのです。之が無口で交際嫌いの信造の方が、お喋べりの交際の広い卓一に代るのですと、到底出来ませんが、逆に交際の殆どない信造の方に化けるのですから、比較的優しい訳です。
之から先はもう何でもない事で、卓一の洋服を着せた信造の屍体を積んで、永辻は茅ヶ崎の別荘へ行き、卓一は洋服を取替えて、信造に成り澄して、アパートへ帰りました。永辻は別荘が戸締りがしてあったので、仕方がなく戸締りを破りましたが、卓一の不断のやり方から反って卓一らしいと見られた訳です」
「なるほど、よく分ったが」警部は一寸眉をひそめながら、「一体何の為に卓一は信造になる必要があったのかね。そんなことをしなくっても、信造の財産はそっくり卓一のものになる訳じゃないかね」
「そこですよ。主任。えーと、相続税というものはどれ位かゝるんですか」
「信造の財産はどれ位あったかね」
「五六十万でしょう」
「直系の親族でないものゝ遺産相続だから、二割位かね。なるほど、それが惜しかったのか」
「未だ理由があります。卓一は俺が信造の財産を相続すれば、いくらでも金を出してやると方々に約束していましたので――」
「なるほど」警部は笑って、「他人《ひと》の金だった時分には、いくらでも気前よく約束出来たが、自分のものになって見ると、惜しいか。ハヽヽヽ、人情の然らしむる所だね」
「卓一はそう易々《やす/\》と信造の遺産が手に這入《はい》ると思っていなかったので――信造が結婚すればそれっきりですからね。ですから、手軽に方々約束したんですが、思いがけなく遺産が[#「遺産が」は底本では「遣産が」]手に這入って、そういう連中に押かけられては事ですから、永辻を買収して、信造になって終ったという訳で、永辻は卓一の遠縁に当って、欲もあるが義理もあって、引受けたんです。それからもう一つ、卓一がいうんですが、今までの自分というものに愛想が尽きたので、之を機会に信造に化《な》って、無口で真面目な人間に更生しようと考えた、とこういうんです」
「兎に角、一寸犯罪史に類のない犯罪だね、結局の所殺人ではなし」と、警部は考えながら、「相続税の脱税と、身分詐称かね、それから屍体遺棄――屍体遺棄といえるかなア、別荘の中へ置いたんだから」
「許可がなくて、屍体を運搬した罪がありませんか」
「そんな所だなア。それから家宅侵入――どうかな、之も成立するかどうか分らん」
「でも、犯罪は犯罪でしょう」
「無論犯罪だ」警部は大きな声でいった。「最も近代性があって、それから」と考えながら、「些《いさゝ》かユーモアのある犯罪だね」
[#地付き](〈現代〉昭和十四年一月号発表)
底本:「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」創元推理文庫、東京創元社
1984(昭和59)年12月21日初版
1996(平成8)年8月2日8版
初出:「現代」
1939(昭和14)年1月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:小林繁雄
2005年10月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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