もう御帰りかと思って、御宅の方へ伺った所で、塔の問題に少し当りがついたから、皆さんに御話したいから、すぐに二人で来て呉れと云うのであった。
 佐瀬の宅は築地橋《つきじばし》に近い河岸沿いの宅で、通されたのは西洋館の広々とした応接室、飾のついた電燈が皎々《こうこう》と、四辺《あたり》の贅沢な調度品を照らして居た。部屋の中には何時の間にか呼んだと見えて、下村商会主も高田警部の顔も見えた。
「佐瀬さん失礼いたしました」一同席が極まると橋本は口を切った。「殊に御許しもなく皆さんを御呼びしたのを悪しからず。実は真珠塔の隠されて居る所が分りましたので」
「どこですか」商会主と技師とそうして私が殆《ほとん》ど同時に叫んだ。
「只今御眼にかけます」と云うが早いか、彼は壁の腰羽目の一部に手をかけたかと思うと、見よ。忽《たちま》ち壁は開かれて、其の中に燦《さん》として一基の真珠塔が輝いて居るではないか。突如佐瀬は卓上《テーブル》の花瓶を取って怒れる眼鋭くハッシと許り橋本目がけて投げつけた。其時早く高田警部は佐瀬の腕を扼したので、的ははずれて、真珠塔に丁と当って、無残塔は微塵《みじん》に散った。商会主の顔はさっと蒼白に変じた。其時橋本の凜《りん》とした声は響いた。
「イヤ御心配に及びません。それは偽物です」
    ×   ×   ×   ×
「今度の事件は頗る簡単だよ。君」私が桜木町の彼の家に帰りついて、香の高い紅茶をすすりながら相変らずの彼の敏腕を賞めると、彼はこう云った。
「つまり二から一引く一さ。現場を見て第一に感じたのは、あれ丈《だけ》の塔をスリ替えるのに窓からやると云うのは可怪《おか》しい。あの高い窓から塔を一つ運び出し一つは運び入れると云う事は、一寸不可能じゃないかね。それにもう一つ変なのは、硝子の音がしたので逃げたのではなく、逃げる時にこわした事だ。つまり偽物の塔は出し放しにして逃げたんだね。まるで忍び込んだのを広告するようなものだ。そこで僕は別の方面を考えた。つまりスリ替えられて居ないんじゃないかと。然し曲者の入った事と、真珠のうちの一つがスリ替えられて居る事は事実だ。そこで甚だ漠然としては居るが、真物を偽物と思わせる為めに一つの真珠をとり替える為めに忍び込む。これは可能だからな。そうして殆ど佐瀬のみに可能じゃないか。鍵も彼が持っている。発見したのも彼だ。そこで少しばか
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