した事は後世に幾多の疑問を残した。筆者はこの点につき、本件に最も関係の深い神戸牧師の言葉を引用して置く。
[#ここから2字下げ]
「六月十九日の夕刊を見て自分は驚いた。支倉喜平は到頭縊死を遂げたと云う記事が出ているではないか。然も二号活字で如何にも大きい標題《みだし》附であった。蓋しそれほど彼の死は社会の好奇心を誘う事件であったからであろう。(中略)
 彼をしてそれほど兇暴な態度に出でしめ、而も其最後迄事実を否認してあらゆる彼の敵に反抗せしめた原因は抑※[#二の字点、1−2−22]いずこにあったか。乃至、彼は其生来獰悪人であったが、事件の内容たりし殺人の真相はいかゞであったか。これらについて其半面の真相を知る者として、証人の一人であった自分亦これを言う権利と義務があろう。従来彼を狂人と云い、猛獣同様に取扱った官憲の非は勿論、同時に彼を曲庇弁護して、完く無罪、冤罪だと言いふれた者の非をも撃たねばなるまい」
[#ここで字下げ終わり]
 筆者は茲に支倉の死と共に筆を擱《お》くに際し、かくの如き至難比類なき疑獄事件に、終始一貫、不屈不撓の精神を以てよく犯罪を剔抉《てっけつ》し得たる庄司署長、快
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