は弁護士を依頼するどころか、明日の糧さえないのだ。その上近くこの家も立退かなければならない。そうすると差当り雨露を凌ぐ道にさえ差支《さしつかえ》るのだ。
それからそれへと静子の物思いは尽きない。無心でスヤ/\と寝入っている子供の寝顔を見るにつけ、涸き切ってもう流れ出る源もあるまいと思われた涙が、又新たに浸み出して来る。血の涙と云うのはこの事であろう。
あゝ、明日をどうしよう。子供をどうして育てよう。それよりも近々公判に廻る夫の身をどうして救けよう。夫は呉々も無実の罪と云っている。神楽坂署で立派に白状した時の様子は嘘らしく思えなかったが、今の夫も嘘を云っているとは思えぬ。どうかして有力な弁護士を頼んで、夫をあの苦しみから救い出したい。
静子の心は千々に乱れたが、昼よりの疲れに、今は身心ともに困憊《こんぱい》して、そのまゝ子供の枕許へウト/\と寝崩れて終《しま》った。
ふと、冷たい風が身に触れたので眼を醒ますと、何刻経ったか、夜は深々と更けたようで、雨戸の一枚明け放しになった所から外を見ると、いつの間にか空は真黒に掻き曇っていた。静子はあわてゝ、起き上って雨戸を閉めようとすると庭の
前へ
次へ
全430ページ中335ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング