で、松下一郎と云う名を思いついたのだそうです。松下一郎と名乗って本郷の竹内写真館に書生に入り込み、入り込むたって名ばかりで、実は手紙の中継所《なかつぎしょ》にして置くなんて、鳥渡普通の人には思いつかない事ですよ。そうして警察の方へは始終愚弄した手紙をやっているんですよ。そんな事を考え合わすと、支倉と云う人は可成恐ろしい人ですよ」
 静子は依然として黙っていた。
「余計な事かも知れませんが」
 浅田は続けた。
「奥さん、今のうちにお見切にたったらいかゞですか。幸いに財産もあなたの名義になったんですし――」
「ご親切は有難うございますが」
 静子は堪えかねたと云う風に遮った。
「そんな話はどうぞお止め下さいまし」
「そうでしょう。そりゃご夫婦の間として、ご立腹ご尤もです。然し奥さん」
 浅田は異様に眼を輝かした。
「私の云う事も聞いて下さい。私は実際奥さんに敬服しているのです。学問もおありだし、確乎《しっかり》して居られる。私のとこのお篠などは無教育で困るのです。あんな奴はどうせ追出して終うのですが、どうでしょう、奥さん、私の願いを聞いて頂けましょうか」
「お願いと仰有いますのは」
 静子
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