\しながら面白そうに眺めている人もあったが、仲裁に這入ろうと云う人はなかった。
 所へ通りかゝったのは石子刑事だった。彼は岸本の報告を受取って、今朝から本所に出かけ尋ね廻ったけれども、目的の町には勿論どの町にも大内などゝ云う写真館は見当らなかった。落胆して牛込の自宅へ帰る途中、小川町で電車を降りて、縁日で賑っている中を何か獲物でもないかとブラ/\歩いていたのだった。
「喧嘩か」
 そう呟いた彼は人混みを分けたが身体が小さい方なので、容易に中が見えない。
「何ですか、喧嘩ですか」
 彼は隣の人に聞いた。
「酔払がね、大人しそうな人に喧嘩を吹きかけているのですよ」
「そいつは気の毒だ。仲裁に這入りましょう。ちょっと前へ出して下さい」
 そう云って石子はだん/\前へ出たが、管を巻いている酔っ払いの顔を見るとあっと驚いた。彼は支倉の行方不明になった女中の叔父、小林定次郎だった。
「おい、いゝ加減にしろ」
 石子は定次郎の肩を掴まえた。
 定次郎はひょろ/\しながら酔眼朦朧として、石子刑事の顔を見据たが、嬉しそうに叫んだ。
「やあ、旦那ですか」
 そうして大人しくなる所か、急に元気づいて一層はしゃぎ出した。
「やあ、旦那、いゝ所へお出下せえました。さあ野郎、警察の旦那が見えたぞ。もういくらジタバタしたって駄目だ。どっちが白か、黒か、ちゃんと裁きをつけて貰うんだ。何を笑ってやがるんでえ」
 彼は見物に向って呶鳴り出した。
「この旦那はお前、支倉《はせくら》の野郎をとっ掴まえて下さるんだ。おや未だ笑ってやがる。手前達は支倉を知らねえのかい、あの悪党の支倉を」
 定次郎は次第に呂律《ろれつ》が廻らなくなって来た。
 往来の真中で、而も大勢の見物に向って、へゞれけに酔った定次郎が、支倉々々と喚き出したので石子刑事は驚いた。
「おい/\、下らん事を云うな。おい、黙れったら」
 けれども定次郎は愈※[#二の字点、1−2−22]調子づいた。
「何でえ、支倉が何でえ。あんな野郎に嘗《なめ》られてこの俺様が黙って引込んでられるけえ。さあ来い。うむ、支倉が何でえ」
 定次郎はとうとう往来の上へ潰れて終《しま》った。
 折好く巡回の巡査が通りかゝったので、石子は刑事の手帳を示しながら、
「こいつはね、鳥渡知ってる奴なんです。三崎町にいるんですがね、すみませんが保護をしてやって下さい」
 巡査は弥次
前へ 次へ
全215ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング