奥さんは警戒するように眼を光らした。
「じゃ、支倉がいないと云う筈がない」
渡辺は語調を強めた。
「いゝえ、私共では荷物をお預りした切りです。一体あなた方は何ですか」
奥さんも少し景色ばんだ。
「いえ、何、ちょっと支倉さんに用があるのですがね」
石子は渡辺の方を向いて、
「君、いなければ仕方がないさ。出直そうじゃないか」
渡辺は首を振った。彼は自分がこの家を突留た為でもあろうか、支倉がこの家に潜んでいる事を深く信じているのだった。
「じゃ何でしょう奥さん」
渡辺は尚も鋭く云った。
「支倉は此頃お宅へ訪ねて来たでしょう」
「はい、二、三日前に一度」
「それからずっといるでしょう」
勢いづいた渡辺は追究した。
「いゝえ」
奥さんは不快そうな顔をした。
「一体あなたはどなたですか」
「僕は刑事です」
「えっ!」
奥さんは顔色を変えた。
「奥さん、支倉は今警察のお尋ね者なんです。あれを匿《かく》まうような事があっては不為ですぞ」
「何も匿まいはいたしません」
彼女はきっぱり云ったが、何となくオド/\していた。
「君」
渡辺は石子の方を振向いた。
「兎に角荷物を見せて貰おうじゃないか」
石子はさっきから渡辺が少しやり過ぎると思っていた。性質から来るのか、石子の遣方は渡辺とは違う所があった。然しこうなっては騎虎《きこ》の勢い、渡辺に従って座敷に踏み込むより仕方がなかった。奥さんも別に二人の上るのを拒みもしなかった。
支倉から来た荷物は玄関脇の四畳半に積み重ねてあった。どの部屋もきちんと整頓されていた。二人は何物をも見逃すまいと、鋭い眼で隅々までも睨め廻したが、支倉の姿は無論、彼の潜伏していたらしい形跡もなかった。
「うむ、根岸の云った事が本当だったかな」
石子はもし支倉がいたら、
「どうだい、君みたいな生温《なまぬる》い事では駄目だぜ」
と得意になって云うだろう所の、情気切っている渡辺の耳許で囁いた。
石子、渡辺の両刑事が飯倉の高山の家に乗込んでいる時分、三光町の支倉の家では細君の静子が力なげに外出の支度をしていた。
彼女は白金学院の女学部を出て更に神学科を修めて、二十七と云う若い女ながらも自宅に日曜学校を開いて、教鞭を取っていたので、支倉が神学徒の仲間に知られるようになったのも過半は彼女の為だったのだ。夫が忌しい嫌疑を受けて出奔してからは
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