ける傲岸兇悪の態度に似もやらず、いと細き声を出して哀訴した。彼は遂に庄司氏に正面より敵すべからざる事を知ったのであろうか。それとも思い邪《よこ》しまなるものは遂に正しきものに面を向ける事が出来ないのであろうか。
 裁判長は終始厳正の態度を持しつゝ、不動産を売却する事につき尽力したる事ありや、四十通余の文書を隠したる事実ありや、被告に自白を強いるため骸骨を接吻せしめたる事実ありやと畳かけて質問した。
 庄司氏は断乎としてそのいずれをも否定した。書類云々の事は全く虚構の事実で、支倉が放火事件につき高輪署の刑事に贈賄して有利な調書を作製せしめたのだったが、数多き書類の中のそれだけが偶然紛失したので、支倉は恰も自分に有利な書類を尽く隠したように曲言したのであって、該書類は被告の考える如き重要なものでなく、のみならず其他の書類は全部提出してある旨を答えた。
 庄司氏の答弁の間支倉は絶えず哀願するような態度で、
「庄司さん、どうか本当の事を云って下さい」
 と低声で云い続けていた。
 裁判長の訊問が一通り済むと、能勢弁護人は裁判長の許可を得てきっと証人を睨み据えながら、鋭い訊問を投げかけた。
「喜平に対して最初嫌疑をかけたのは窃盗と詐欺と云う事であるが、詐欺とはどう云う事実か」
「窃盗につき調べているうちに詐欺の事実が現われたのである」
「支倉は誰か告訴したものがあったか」
「いや、聞き込みであった」
「二月十九日より三月十八日頃まで一ヵ月に亘っているが、此間被告をどう云う理由で留置したか」
「浮浪罪であったか、虚偽の陳述によったか、警察犯処罰令によったと思う」
「いや、それは処罰する目的でなく被告に対して殺人と云うて留置したのではないか」
「それについては確な記憶はない。仮りに云われる通りであったとしても、答弁の必要を認めない」
 以上が能勢氏の追究に対する庄司氏の答弁の最初の一節であるが、見らるゝ通り殺気立ったものだった。能勢氏の辛辣なる質問に対し庄司氏は明快簡単に之を報いたのだった。
 両氏応答数次、長時間に亘って漸く終ると、裁判長は証人神戸牧師出廷せざるにより、公判を続行し、次回を来たる六月三十日と定めて閉廷を宣した。


          絶望

 公判廷を出て東京刑務所に護送される途すがら、自動車の中で支倉は顔面蒼白、或いは痛恨し、或いは憤懣し、意気頗る上らなかっ
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