、自分がやったと云って居るが、その間に何か有力な訊問はなかったか。
答 別にありませんでした。
問 被告の自白は虚偽の自白だと云わなかったか。
答 断じて申しませぬ。
問 発掘した骸骨を被告の口に当て接吻させ、又消毒してやると称して、被告の頭に石炭酸を掛けた事はないか。被告はそう云う事があったと申して居るぞ。
答 そんな事はありません。
問 其の当時被告は聖書会社より損害賠償の恐れあり、自己所有家屋を妻静の名義にして置けば安心である、又取られない様に警察で保護してやるから、貞を殺した事にして呉れと云われ、それを交換条件として、心にもない虚偽の自白をしたと云うが、右の事実はどうじゃ。
答 断じてそんな事はありませぬ。
証人佐藤警部補の取調べがすむと、次は渡辺刑事の訊問に移った。
裁判長は順序正しく逮捕当時の事から訊問を進めて、問題の中心たる拷問の事に及ぶと、渡辺刑事は、即座にきっぱりと否定をした。
と、突如として、
「馬鹿野郎」
と云う破鐘《われがね》のような声が満廷にひゞき渡った。
神聖なるべき法廷で大喝一声馬鹿野郎と叫んだものは誰ぞ。満廷色を失って声のする方を見ると、被告席にいた支倉が満面朱を注ぎ、無念の形相凄じく、両手に自記の書類を打ち振りながら証人席目がけて突進するのだった。
支倉の大音声は有名なものだった。それに彼は未決監に六年を送ったのにも似ず、どこに彼の精力の根元があるのか、一向衰えた気色もなく、血色も勝れ、どっちかと云うと肥え太っていた。只相好ばかりは昔日の悪相に愈※[#二の字点、1−2−22]深刻味を加え、物凄かったと云う。その支倉が憤怒に燃え、阿修羅王の如く大声を振り上げて証人席に突進したのだから、彼の背後に控えていた看守も暫く唖然として、手の下す所を知らなかった。
「此野郎! 拷問はしないなどと白ばくれた事を云うな。俺をひどい目に遭わしたではないか」
支倉はこう怒号しながら、証人渡辺刑事に打ってかゝった。この時に漸く気力を回復した看守はあわてゝ彼を後から抱き留めた。
この時の公判記録は次のように書かれた。
「此時被告は附添いの看守をして持参せしめたる自己の謄写に係る十数冊の書類を両手に掴み、着席したる腰掛より立ち証人渡辺に対し、
『知らない、此野郎、白ばくれるな。俺を打《ぶ》って酷い目に遭わしていながら』
と云い
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