のだと錦町署へ密告したものがあった。その為に隣家の人は一週間程同署へ留めて置かれたが、結局証拠不十分で、のみならず、支倉が同情して、身柄引下を嘆願に来たりしたので、彼は間もなく放免されたような事実があった。
こう云う事実を突留た石子刑事は久々で自宅の居間に坐って、じっと腕を組んで考えた。
火事に遭った事は偶然だろうか。偶然でないとは云えないけれども、三度が三度ながら火事に遭って、いつでも少からぬ保険金を受取っているのは偶然以上ではなかろうか。尚調べた所によると彼は収入以上の贅沢な暮しをしている。それに現在の大きな家も彼の所有であるし、外に家作を持っている。聖書を盗んだ高も中々の額に上っているようだが、その外に何かの手段で金を得なければあれだけの財産は出来ない。尤も財産を作るには利殖の方法もあるし、比《たと》えば定期市場に手を出すような方法もあるから、一概には云えないが、三度の火事は疑えば疑えない事はない。彼の今までのやり方を見れば保険金詐取の放火である事が殆ど確実ではないか。
石子が火鉢の前で考えに沈んでいると、表戸がガラリと開いた。
「郵便かしら」
表戸がガラリと開いたので、妻のきみ子はぞっとしたようにそう云って立上った。
「郵便じゃなかったわ」
やがて晴々した顔で彼女が這入って来た。後には岸本青年がニコ/\しながら従っていた。
石子は彼の姿を見ると、機嫌よく言葉をかけた。
「やあ、よく来たね」
「大へん御無沙汰いたしました」
岸本はすゝめられた座蒲団を敷きながら、
「何だかお顔色が悪いじゃありませんか」
「うん、君のいつか話した聖書泥棒だね。あいつで今手こずっているんだよ」
「そうですか、未だ誰だか分らないのですか」
岸本は眼鏡越しに愛くるしい眼を無邪気に光らせながら聞いた。
「何、犯人は分っているんだが、捕まらないので弱っているんだ」
「そうですか。一体何と云う奴なんです」
「支倉喜平と云う奴なんだ」
「えっ、支倉?」
「そうだよ。君知ってるのかい」
「知っています。矢張りあれでしたか。どうも評判の好くない人でね。若い者にはすっかり嫌われているのです。所が教会の老人組と来た日には事勿《ことなか》れ主義でね。それに少し嘘涙でも流して見せようものなら、すぐ胡魔化されるのですから――それで何ですか支倉は逃げたんですか」
「僕が逃がしちゃってね、いや
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