出して下さい。でないと私はあなたを告訴します」

 大正八年二月七日に第一回公判を開いた第二審控訴院の審理は、同年五月三十日に既に四回の公判を重ねたが、其時に能勢弁護人より、
「被告支倉喜平は先日以来本件事実の真相を記録いたして居りまして、上巻だけは既に脱稿いたし、中巻は近日脱稿いたす筈で、下巻の脱稿には尚一ヵ月を要する由でありますから、右記録が全部脱稿致します迄、公判の延期を願いたいのであります」
 と云う要求があった。そこで公判はそのまゝ延期となり、九月二十七日には聖書会社が私訴の取下げをした事実があった限《き》りで、その年は暮れて終った。
 大正九年二月二十日第五回公判に於て、能勢弁護士は支倉が獄中で細々と認めた記録上中下三巻六冊を参考書類として差出した。裁判長は列席判検事と一閲の上、追って熟読すべしと云って分厚の書類を請入れたが、之ぞ後に公判のある毎に支倉が風呂敷包みにして出廷の際肌身を離さなかったと云う大部の書類である。
 裁判長はこの時威儀を正して、
「今差出した書冊に記録した事は真実の事で、且つ書洩らしはないかどうじゃ」
「はい、全部偽らざる記録であります。書洩らしもございません」
 支倉は悪びれずに答えた。
 支倉は一方裁判長にかくの如き浩瀚《こうかん》なる書類を出すと共に、一方庄司署長、神戸牧師に恨みの手紙を出す事は少しも怠らなかった。
 その頃神戸牧師の受取った手紙にはこんな事が書いてあった。
「神戸さん、アナタは本統の牧師であったら嘘を言わんで下さい。嘘を言って私を此上困らすと、私は絶食して死んでアナタの子々孫々にかけてタタリますぞ」
「私はなんの為にサダを殺すか? よく考えて下さい。解決済みにならんサキなら尚お殺せんじゃないか。私やアナタにサダはまだ関係のある中になくなったものとしたら、サダの出るまで私やアナタに『サダを出して返せ』と云って要求さるゝではないか」
「神戸さん! 私は当時アナタの所に書き送っとる小林サダと私とのなした行為及高町の所に何時何日に薬価及び入院料を払ってある、強姦でないと云う事が明記されとる所の手紙を裁判所の方に出して下さい。それから自分は二十六日には朝何時に家を出て、何処其処に行って何用を弁じて、何時何十分頃に宅《うち》に帰っとると云う事が詳しく書いてある手紙を裁判所に出して下さい。二十六日に於ける朝から帰宅迄の行動
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