くば》せすると大股にゆっくり歩きながら退廷した。
暫くすると、合議が終ったと見え、裁判長は矢張り前と同じように大股にゆっくりと歩んで現われて来た。
彼は着席すると直に証人を呼びかけた。
「改めてもう一度聞くが、証人は果して法律上の其の証言を拒む意志であるか」
「いゝえ」
牧師は答えた。
「必ずしもそうではありませぬ」
「然らば裁判長は職権を以て、証人が支倉より聞知した告白を、当法廷に於て陳述する事を要求する」
宮木判事はきっと宣告した。
神戸牧師はきっと唇を噛んで顔色を蒼白にして暫く黙っていたが、漸く決心したものと見えあきらめたように云った。
「それでは致方ありませぬ。支倉は貞を暴力を以て犯した事を明白に私の前で告白いたしました」
「うむ」
裁判長は意を得たりとうなずきながら、
「それはどう云う告白だったか」
「支倉は彼の二階で妻の不在中、貞に按摩をさせているうちに情慾を起し、遂に貞の意に反して犯したる旨申しました。そうして小林に対して謝罪をする事を承知したのです」
神戸牧師は額に冷たい汗を滲《にじ》ませて、苦悶の表情を浮べながらこう答えたが、又元のようにむっつり黙って終った。
神戸牧師は支倉が自分を信じて告白した所の、彼の告白を、無慙にも公判廷で申述べねばならなくなった事を余程心苦しく思ったに相違ない。彼は数年の後当時を回顧して、こう云っている。
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「殊に予は予の立脚地として、社会公衆の前に訴うべき一事があるのである。それは裁判法廷に於て、牧師の前に於てなしたる被告の精神上の告白を、証人として其まゝ裁判所が其内容を強要し得るや否やの点である。現に予は第一審に於て、当時の裁判長の前に於て、一旦此証言を拒絶したのであった。然るに、裁判所は合議の結果其権威を以て予に証言を強要し、以って当時被告支倉の姦淫に関する告白を其まゝ法廷の証言として仔細を述べしめたのであった。これ牧師たる予の今に至るまで承服し得ない所である」
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右の一文と当時法廷に於ける言葉で分る通り、神戸牧師は強き性格の人である。彼の証言拒否は決して支倉を庇護する為ではなく、牧師としての良心の現われの一つであった。尤も証言拒否が成功すれば、支倉としては秘密に触れられなくてもすむのであるから、大いに利益したに相違ない。牧師も亦積極的に彼を庇護する積り
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