を持出したのではないかと云われる所がある。且自白をした原因として罪なき妻子を助けたいと、くど/\書いてあるがもとより支倉は文筆の士ではなく、獄中匆卒の間に一気筆を呵したのだから、意余って筆尽さざる恨みは十分にあり、妻子を助けたいと云う意味は早く安心がさせたいと云う意味かも知れないが、真に妻子を助けたい為に冤罪を甘んじて受けたとすると、余りに常識のない話で、それこそ大正の聖代に罪が何も知らない妻子に及ぶ筈がなく、神楽坂署員もそんな非常識な事を云って彼を威かす筈もないのである。支倉の上願書は尚続く。
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「さわれ絞首台に上がらずして、なんとかして妻子を助ける工夫はなきかと暫し考えたのであります。考えつきました。あります/\。我兎に角此後署長さんなり根岸、石子両刑事の処置を見ばやと吾は謀られまじ吾反って先を謀らん。謀《はかりごと》若し中途にして破れなば吾は絞首台に上らず自分から自害して男を見せん。夫れまでは吾は監獄に行き大福餠々々と精神病となり精神病者として取扱いを向う或期間受けん。自分所有の家屋妻子の所有とたりたらば、妻子はよもや今日々々の糊口には困るまじ(我死にて妻子を生かさん)精神病癒えなば死なずして吾又生きん。謀《はかりごと》破れなばよろこんで自分は自ら死をとらん、自害せんと第三の聴取書作成に稍一夜を費しました」
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 こゝの所はどうも意味がよく通じないが、要するに妻子が今日の糊口に差支ぬように、どうかして財産を完全に譲りたい、それについてはこゝで佯狂《ようきょう》となり大福餠々々と連呼して一先ず辛い責苦から逃れ、妻子に完全に財産が移るまで審理を延ばしていよう。もし事がならなければ自殺する許りだと云う意味らしく、彼は事実気狂を装うて掛官を手古摺らしたのだが、又以て彼がいかに妻子の身の上を思うていたかを察しる事が出来る。彼が妻子を思う念の切なのを利用して彼を白状させようとしたのが、神楽坂署員の云わば気転で、同時に深く支倉から恨まれた点であろう。
 妻子の身の上を思う余り、虚偽の自白をする事は往々ある事であるが、それは多くの場合妻子が罪を犯している場合で、それを庇うべく自ら罪人となり名乗るのであろう。支倉の場合には妻子は何等罪を犯していないのだから、少しも庇う必要はない。警察で少し位苛酷な調べ方をせられたからと云って、又は単に
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