「どうもすみませんでした」
岸本は詫《あやま》った。
「素人だから仕方がないや」
石子は苦笑した。
「そりゃ、あなた無理ですわ」
きみ子が傍から取りなした。
「そこで吸取紙の方だが、君は何かい、奴が外へ出る、君が二階へ駆け上る、そして一番初めに吸取紙を見たかい」
「いゝえ、抽斗やなんか探してからです」
「屑籠は見なかったかい」
「屑籠と、あゝ、見ました見ました」
「その時に封筒はなかったろう」
「ありませんでした」
岸本は我ながらあきれたと云う顔をした。
「それ見給え。奴は帰ってから封筒を囮に投げ込んだのだ。すると待てよ」
石子はじっと腕を組んだ。岸本は心配そうに石子の顔を見上げた。
暫くすると、石子は元気よく云った。
「そうだ、大分分ったぞ。吸取紙の方は本物なのだ。流石の奴もこいつはうっかりしていて気がつかなかった。所が吸取紙を見られた形跡がある。そうだろう君、吸取紙は位置を動かしたんだろう」
「さあ、外のものは注意して元通り置いたんですが、吸取紙はつい下からおかみさんが上って来たもんですから、あわてゝ机の上へ置きましたので、元の位置より狂ったかも知れません」
岸本は弁解した。
「そこだ。いゝかね、奴さんの位置に立って見る。うっかり残した吸取紙の文字ははっきり分るのはホンの二、三字だけれども、何分東京市内の番地だから少し頭を使えば直ぐ判じられて終《しま》う。さあ困った。そこで一計を案じて、いかにも吸取紙に残った所らしくて、恰《まる》で違った所を考え出して、本当らしく持かけて態《わざ》と敵の手に渡して終う。そうするとよしその計を看破られても元々だし、敵が軽々に信じて終えば、吸取紙の字から推断されるだろう所の本当の場所を知られずにすむ。敵ながら天晴《あっぱれ》の方法じゃないか」
「成程」
岸本は感嘆した。
「奴も中々偉いが、石子さんも偉いなあ」
「感心していちゃいけない」
石子は少し機嫌を直しながら、
「所で吸取紙に残っていたと云う字は何々だっけね」
「『本』之は区の名ですね、本所でなければ本郷ですね、之だけは確です。それから町の名が森だか林だかで始まるのです。その次が川らしいのです。それから何と云うか兎に角何とか内写真館です」
「ふん、本郷だね、本所でなければ。そこで森と、森なら森川町か林なら、はてな、林町と、林町は小石川だったかしら」
「本郷にも
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